・・・ 現に、私がね、ただ、触られてかぶれたばかりだが。 北国の秋の祭――十月です。半ば頃、その祭に呼ばれて親類へ行った。 白山宮の境内、大きな手水鉢のわきで、人ごみの中だったが、山の方から、颯と虫が来て頬へとまった。指のさきで払い落・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
朝六つの橋を、その明方に渡った――この橋のある処は、いま麻生津という里である。それから三里ばかりで武生に着いた。みちみち可懐い白山にわかれ、日野ヶ峰に迎えられ、やがて、越前の御嶽の山懐に抱かれた事はいうまでもなかろう。――・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・国境の山、赤く、黄に、峰岳を重ねて爛れた奥に、白蓮の花、玉の掌ほどに白く聳えたのは、四時に雪を頂いて幾万年の白山じゃ。貴女、時を計って、その鸚鵡の釵を抜いて、山の其方に向って翳すを合図に、雲は竜のごとく湧いて出よう。――なおその上に、可いか・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・おお、この静寂な霜の湖を船で乱して、谺が白山へドーンと響くと、寝ぬくまった目を覚して、蘆の間から美しい紅玉の陽の影を、黒水晶のような羽に鏤めようとする鷭が、一羽ばたりと落ちるんだ。血が、ぽたぽたと流れよう。犬の口へぐたりとはまって、水しぶき・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・と母親の鼻の高いことと云ったら白山の天狗殿もコレはコレはと頸をふって逃げ出してしまうだろう。ほんとに娘をもつ親の習いで、化物ばなしの話の本の中にある赤坊の頭をかじって居るような顔をした娘でも花見だの紅葉見なんかのまっさきに立ててつきうすの歩・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ 白山の泰澄や臥行者も立派な魔法使らしい。海上の船から山中の庵へ米苞が連続して空中を飛んで行ってしまったり、紫宸殿を御手製地震でゆらゆらとさせて月卿雲客を驚かしたりなんどしたというのは活動写真映画として実に面白いが、元亨釈書などに出て来・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・一方でわが国に Buson という消火山のあるのはなおおもしろい。白山の一峰を Bessan というのもこれに類する。これもBを除去すればアソ型となるのである。またこれにつづいて考えることは Rausu, Rausi, Rasyowa のア・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・円タクで白山坂上にさしかかると、六十恰好の巌丈な仕事師上がりらしい爺さんが、浴衣がけで車の前を蹣跚として歩いて行く。丁度安全地帯の脇の狭い処で、車をかわす余地がない。警笛を鳴らしても爺さんは知らぬ顔で一向によける意志はないようである。安全地・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・コメススキや白山女郎花の花咲く砂原の上に大きな豌豆ぐらいの粒が十ぐらいずつかたまってころがっている。蕈の類かと思って二つに割ってみたら何か草食獣の糞らしく中はほとんど植物の繊維ばかりでつまっている。同じようなのでまた直径が一倍半くらい大きい・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・夕食後E君と白山へ行って蝋燭を買って来る。TM氏が来て大学の様子を知らせてくれた。夜になってから大学へ様子を見に行く。図書館の書庫の中の燃えているさまが窓外からよく見えた。一晩中くらいはかかって燃えそうに見えた。普通の火事ならば大勢の人が集・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
出典:青空文庫