・・・ 一足進むと、歩くに連れ、身の動くに従うて、颯と揺れ、溌と散って、星一ツ一ツ鳴るかとばかり、白銀黄金、水晶、珊瑚珠、透間もなく鎧うたるが、月に照添うに露違わず、されば冥土の色ならず、真珠の流を渡ると覚えて、立花は目が覚めたようになって、・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ただ夏至のはじめの第一日、村の人の寝心にも、疑いなく、時刻も違えず、さらさらと白銀の糸を鳴して湧く。盛夏三伏の頃ともなれば、影沈む緑の梢に、月の浪越すばかりなり。冬至の第一日に至りて、はたと止む、あたかも絃を断つごとし。 周囲に柵を結い・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・あの低い松の枝の地紙形に翳蔽える葉の裏に、葦簀を掛けて、掘抜に繞らした中を、美しい清水は、松影に揺れ動いて、日盛にも白銀の月影をこぼして溢るるのを、広い水槽でうけて、その中に、真桑瓜、西瓜、桃、李の実を冷して売る。…… 名代である。・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・博士の、静粛な白銀の林の中なる白鷺の貴婦人の臨月の観察に、ズトン! は大禁物であるから、睨まれては事こわしだ。一旦破寺――西明寺はその一頃は無住であった――その庫裡に引取って、炉に焚火をして、弁当を使ったあとで、出直して、降積った雪の森に襲・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・その草の中を、あたかも、ひらひら、と、ものの現のように、いま生れたらしい蜻蛉が、群青の絹糸に、薄浅葱の結び玉を目にして、綾の白銀の羅を翼に縫い、ひらひら、と流の方へ、葉うつりを低くして、牡丹に誘われたように、道を伝った。 またあまりに儚・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・その影を追うごとく、障子を開けて硝子戸越に湖を覗いた。 連り亘る山々の薄墨の影の消えそうなのが、霧の中に縁を繞らす、湖は、一面の大なる銀盤である。その白銀を磨いた布目ばかりの浪もない。目の下の汀なる枯蘆に、縦横に霜を置いたのが、天心の月・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ 向って、外套の黒い裙と、青い褄で腰を掛けた、むら尾花の連って輝く穂は、キラキラと白銀の波である。 預けた、竜胆の影が紫の灯のように穂をすいて、昼の十日ばかりの月が澄む。稲の下にも薄の中にも、細流の囁くように、ちちろ、ちちろと声がし・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・』と吉次は早々陸へ上がる後ろよりそんならわたしたちも上がる待っていてと呼びかけられ、待つはずの吉次、敵にでも追われて逃げるような心持ちになり、衣服を着るさえあわただしく、お絹お常の首のみ水より現われて白銀の波をかき分け陸へと游ぐをちょっと見・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・丘のすそをめぐる萱の穂は白銀のごとくひかり、その間から武蔵野にはあまり多くない櫨の野生がその真紅の葉を点出している。『こんな錯雑した色は困るだろうねエ』と自分は小さな坂を上りながら頭上の林を仰いで言った。『そうですね、しかしかえって・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・自分は小川の海に注ぐ汀に立って波に砕くる白銀の光を眺めていると、どこからともなく尺八の音が微かに聞えたので、あたりを見廻わすと、笛の音は西の方、ほど近いところ、漁船の多く曳き上げてあるあたりから起るのである。 近づいて見ると、はたして一・・・ 国木田独歩 「女難」
出典:青空文庫