・・・童貞の学生が年増の女給と愛し合おうと、盲目の娘と将来を誓おうと、ただそれだけで是非をいうことはできない。恋愛の最高原理を運命におかずして、選択におくことは決して私の本意ではない。それは結婚の神聖と夫婦の結合の非功利性とを説明し得ない。私は「・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 苦行をしてめぐっているうちに盲目の眼があいたり、いざりの脚が立ったり、業病がなおったりした者があると云われている。悪いことをした者は途中で脚がすくんであるけなくなると云われる。罰があたるのである。あるときいざりがめぐっていたのを、うし・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・に上りきれば、そこが甲州武州の境で、それから東北へと走っている嶺を伝わって下って行けば、ついには一つの流に会う、その流に沿うて行けば大滝村、それまでは六里余り無人の地だが、それからは盲目でも行かれる楽な道だそうだ、何でも峠さえ越してしまえば・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・小供心にも盲目になるかと思って居たのが見えたのですから、其時の嬉しかったことは今思い出しても飛び立つようでした。最も永い病気で医者にもかかれば、観行院様にも伴われて日朝様へ願を掛けたり、色々苦労したのです。其時日朝上人というのは線香の光で経・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・源吉は何やら叫ぶと手を振った。盲目が前に手を出してまさぐるような恰好をした。犬は一と飛びに源吉に食いついた。源吉と犬はもつれあって、二、三回土の上をのたうった。犬が離れた。口のまわりに血がついていた。そして犬は親分のまわりを、身体をはねらし・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・「みんなで寄ってたかって俺を狂人にして、こんなところへ入れてしまった。盲目の量見ほど悲しいものはないぞや」 おげんは嘆息してしまった。あの車夫がこの玄関先で祝ってくれた言葉、「御隠居さん、今日はお目出とうございます」はおげんの耳に残・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・けれどもそれは盲目の道徳、醒めない道徳たるに過ぎぬ。開眼して見れば、顔を出して来るものは神でも仏でもなくして自己である。だから自己がすなわち神である仏である。 しかしこんなことは畢竟ずるに私の知識の届く限りで造り上げた仮の人生観たるに過・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・それは世のジャーナリストたちに屡々好評を以て迎えられ、動きのないこと、その努力、それについては不感症では無かろうかと思われる程、盲目である。 重ねて言う。井伏さんは旅の名人である。目立たない旅をする。旅の服装も、お粗末である。 いつ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ 圭吾には、盲目の母があるのです。「ばばちゃは、寝て夢でも見るのが、一ばんの楽しみだべ。」と嫁は、縫い物をつづけながら少し笑って答えます。「うん、まあそんなところかも知れない。お前も、なかなか苦労が多いの。しかし、いまの時代は、・・・ 太宰治 「嘘」
・・・ それからまたある盲目の学者がモンテーニュの研究をするために採った綿密な調査の方法を思い出した。モンテーニュの論文をことごとく点字に写し取った中から、あらゆる思想や、警句や、特徴や、挿話を書き抜き、分類し、整理した後に、さらにこの著者が・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
出典:青空文庫