・・・まことにクリスチャンらしき計画ではありませんか。真正の平和主義者はかかる計画に出でなければなりません。 しかしダルガスはただに預言者ではありませんでした。彼は単に夢想家ではありませんでした。工兵士官なる彼は、土木学者でありしと同時に、ま・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・私は、こうして真正のくまのいをさがしていますのも、人の命を助けたいためからで、ただ金もうけのためばかりではありません。きけばお困りになって、商売道具をお売りなさるとか、とんだことです。私は、ここに金を置いてゆきますから、このつぎきますまでに・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・を遂げなかった後、恐ろしい雁坂を越えて東京の方へ出ようと試みたことが、既に一度で無く二度までもあったからで、それをお浪が知っていようはずは無いが、雁坂を越えて云々と云い中られたので、突然に鋭い矢を胸の真正中に射込まれたような気がして驚いたの・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ 三木はよろよろ立ちあがって、こんどは真正面から、助七の眉間をめがけ、ずどんと自分の頭をぶっつけてやった。大勢は、決した。助七は雪の上に、ほとんど大の字なりにひっくりかえり、しばらく、うごこうともしなかった。鼻孔からは、鼻血がどくどく流・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・冬の闇夜に悪病を負う辻君が人を呼ぶ声の傷しさは、直ちにこれ、罪障深き人類の止みがたき真正の嘆きではあるまいか。仏蘭西の詩人 Marcel Schwob はわれわれが悲しみの淵に沈んでいる瞬間にのみ、唯の一夜、唯の一度われわれの目の前に現われ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・この音楽があったために倉続きの横町の景色が生きて来たものか、あるいは横町の景色が自分の空想を刺戟していたために長唄がかくも心持よく聞かれたのか、今ではいずれとも断言する事はできない。真正の音楽狂はワグネルの音楽をばオペラの舞台的装置を取除い・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ジョン・モーレーのいった通り何人にもあれ誠実を妨ぐるものは、人類進歩の活力を妨ぐると一般であって、その真正なる日本の進歩は余の心を深くかつ真面目に動かす題目に外ならぬからである。」 余は先生の人となりと先生の目的とを信じて、ここに先生の・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・砲兵工厰の煙ですらこうだから真正の heroism に至っては実に壮烈な感じがあるだろうと思います。文芸家のうちではこの種の情緒を理想とするものは現代においてはほとんどないように思います。この理想にも分化があるのは無論です。楠公が湊川で、願・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・女らしさというものの曖昧で執拗な桎梏に圧えられながら生活の必要から職業についていて、女らしさが慎ましさを外側から強いるため恋愛もまともに経験せず、真正の意味での女らしさに花咲く機会を失って一生を過す人々、または、女らしき貞節というものの誤っ・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・自分の箇性の傾向から必然に成って来た或る運命に真正面から打ち当って見ると、又、全心全身でぶつかって行かずには済まされないような大きな力を感じて見ると、好い加減と云うに近い諸々の概念は、皆真実の熱火に焼き尽されてしまう。 自分の生活や、人・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
出典:青空文庫