・・・真砂なす数なき星のその中に吾に向ひて光る星あり しかし星も我我のように流転を閲すると云うことは――兎に角退屈でないことはあるまい。 鼻 クレオパトラの鼻が曲っていたとすれば、世界の歴史はその為に一変してい・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 娘の名は真砂、年は十九歳でございます。これは男にも劣らぬくらい、勝気の女でございますが、まだ一度も武弘のほかには、男を持った事はございません。顔は色の浅黒い、左の眼尻に黒子のある、小さい瓜実顔でございます。 武弘は昨日娘と一しょに、若・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・貴方の大事なお師匠さま、真砂町の先生、奥様、お二方を第一に、御機嫌よう、お達者なよう。そして、可愛いお嬢さんが、決して決して河野なんかと御縁組なさいませんよう。早瀬 それから。お蔦 それから?早瀬 それから、……お蔦 だって・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ 壱岐殿坂の中途を左へ真砂町へ上るダラダラ坂を登り切った左側の路次裏の何とかいう下宿へ移ってから緑雨は俄に落魄れた。落魄れたといっては語弊があるが、それまでは緑雨は貧乏咄をしても黒斜子の羽織を着ていた。不味い下宿屋の飯を喰っていても牛肉・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・夥しく上がった海月が五色の真砂の上に光っているのは美しい。 寛げた寝衣の胸に吹き入るしぶきに身顫いをしてふと台場の方を見ると、波打際にしゃがんでいる人影が潮霧の中にぼんやり見える。熊さんだと一目で知れた。小倉の服に柿色の股引は外にはない・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・浜の真砂が磨滅して泥になり、野の雑草の種族が絶えるまでは、災難の種も尽きないというのが自然界人間界の事実であるらしい。 雑草といえば、野山に自生する草で何かの薬にならぬものはまれである。いつか朝日グラフにいろいろな草の写真とその草の薬効・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・多少の個性は勿論一人一人に多少ずつはあっても、それが浜の真砂の一つ一つの個性のような個性では専門家以外には興味は稀薄である。一粒選りの宝石の個性を並べてもらいたいというのが吾々のようなものの勝手な希望である。それには毎年一回の展覧会は少し多・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・とか「T橋のたもとの腕真砂」などという類である。前者は川沿いのある芝地を空風の吹く夜中に通っていると、何者かが来て不意にべろりと足をなめる、すると急に発熱して三日のうちに死ぬかもしれないという。後者は、城山のふもとの橋のたもとに人の・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・ ここな二階から見ると真砂町の何とか館の廊下を膳をはこぶ下女が見える。下は狭い平庭で柿が一本。猫がよくこれを伝うて隣の屋根に上るのである。庭へは時々近辺の子供が鬼ごっこをしながら乱入して来ては飯焚の婆さんに叱られている。多く小さい男の子・・・ 寺田寅彦 「雪ちゃん」
・・・ 濡れた水着のままでよく真砂座の立見をした事があった。永代の橋の上で巡査に咎められた結果、散々に悪口をついて捕えられるなら捕えて見ろといいながら四、五人一度に橋の欄干から真逆様になって水中へ飛込み、暫くして四、五間も先きの水面にぽっくり・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫