・・・客は外套の毛皮の襟に肥った頬を埋めながら、見ると云うよりは、睨むように、狭い店の中へ眼をやった。それから一言の挨拶もせず、如丹と若い衆との間の席へ、大きい体を割りこませた。保吉はライスカレエを掬いながら、嫌な奴だなと思っていた。これが泉鏡花・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・ と、しょぼしょぼした目をみはった。睨むように顔を視めながら、「高いがな高いがな――三銭や、えっと気張って。……三銭が相当や。」「まあ、」「三銭にさっせえよ。――お前もな、青草ものの商売や。お客から祝儀とか貰うようには行かん・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ と例の渋い顔で、横手の柱に掛ったボンボン時計を睨むようにじろり。ト十一時……ちょうど半。――小使の心持では、時間がもうちっと経っていそうに思ったので、止まってはおらぬか、とさて瞻めたもので。――風に紛れて針の音が全く聞えぬ。 そう・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・そこにて吻と呼吸して、さるにても何にかあらんとわずかに頭を擡ぐれば、今見し処に偉大なる男の面赤きが、仁王立ちに立はだかりて、此方を瞰下ろし、はたと睨む。何某はそのまま気を失えりというものこれなり。 毛だらけの脚にて思出す。以前読みし何と・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・人形使 (無言のまま睨むがごとく見詰めつつ、しばらくして、路傍に朽ちし稲塚夫人 ああれ。(と退人形使 夫人 ああ蛇かと思った。――もう蛇でも構わない。どうするの――どうするのよ。人形使 (ものいわず、皺手をさしのべて、た・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ しかして、踏留まって、睨むかと目をみはった。「ごめんよ。」 私が帽子を取ると斉しく、婦がせき込んで、くもった声で、「ごめんなさい、姉ちゃん、ごめんなさい。」 二人は、思わず、ほろりとした。 宿の廊下づたいに、湯に行・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ 母は少し省作を睨むように見て、「別に面白く暮す工夫て、お前どんな工夫があるかえ。お前心得違いをしてはならないよ。深田にいさえすればどうもこうも心配はいらないじゃないか。厭と思うのも心のとりよう一つじゃねいか。それでお前は今日どうい・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と、妻は僕の顔を睨む権利でもあるように、睨みつけている。 僕も、――今まで夢中になっていた女を実際通り悪く言うのは、不見識であるかのように思ったが、――それとなく分るような言葉をもって、首ッたけ惚れ込んでいるのではないことを説明し、女優・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・妻は座敷に上がると母は眼に角を立て睨むようにして「お前さんまで逃げないでも可いよ。人を馬鹿にしてらア。手紙なんぞ書かないから、帰ったらそう言っておくれ。この三円も不用いよ」と投げだして「最早私も決して来ないし、今蔵も来ないが可い、親とも・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・とお源を見る、お清はお徳を睨む、お源は水を汲んで二歩三歩歩るき出したところであった。「全く物騒ですよ、私の店では昨夜当到一俵盗すまれました」「どうして」とお清が問うた。「戸外に積んだまま、平時放下って置くからです」「何炭を盗・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
出典:青空文庫