・・・それは石原か横網かにお祭りのあった囃しだったかもしれない。しかし僕は二百年来の狸の莫迦囃しではないかと思い、一刻も早く家へ帰るようにせっせと足を早めたものだった。 三四 動員令 僕は例の夜学の帰りに本所警察署の前を通・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ 雨も晴れたり、ちょうど石原も辷るだろう。母様はああおっしゃるけれど、わざとあの猿にぶつかって、また川へ落ちてみようかしら。そうすりゃまた引上げて下さるだろう。見たいな! 羽の生えたうつくしい姉さん。だけれども、まあ、可い。母様がいらっ・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・ 石原というところに至れば、左に折るる路ありて、そこに宝登山道としるせる碑に対いあいて、秩父三峰道とのしるべの碑立てり。径路は擱きていわず、東京より秩父に入るの大路は数条ありともいうべきか。一つは青梅線の鉄道によりて所沢に至り、それより・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ こうして二人が海岸の石原の上に立っていると、一艘の舟がすぐ足もとに来て着きましたが、中には一人も乗り手がありませんでした。 でおかあさまは子どもを連れてそれに乗りました。船はすぐ方向をかえて、そこをはなれてしまいました。 墓場・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・驚いて川に飛び込む鰐は、その飛び込む前に安息している川岸の石原と茂みによって一段の腥気を添える。これがないくらいならわれわれは動物園で満足してよいわけである。それだからわれわれはもう少し充分にこれらの背景と環境とを見せてもらいたいのであるが・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・と吟じつつ行けば どつさりと山駕籠おろす野菊かな 石原に痩せて倒るゝ野菊かななどおのずから口に浮みてはや二子山鼻先に近し。谷に臨めるかたばかりの茶屋に腰掛くれば秋に枯れたる婆様の挨拶何となくものさびて面白く覚ゆ。見あぐれ・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・私もまた、丁度その反対の方の、さびしい石原を合掌したまま進みました。 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ いくつもの小流れや石原を越えて、山脈のかたちも大きくはっきりなり、山の木も一本一本、すぎごけのように見わけられるところまで来たときは、太陽はもうよほど西に外れて、十本ばかりの青いはんのきの木立の上に、少し青ざめてぎらぎら光ってかかりま・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・ 向うに毒ヶ森から出て来る小さな川の白い石原が見えて来ました。その川は、ふだんは水も大へんに少くて、大抵の処なら着物を脱がなくても渉れる位だったのですが、一ぺん水が出ると、まるで川幅が二十間位にもなって恐ろしく濁り、ごうごう流れるのでし・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・ 十五 未来の仕事についての議論 十六 第三木曜会へ一緒に行く、寒い日、かえりに一〇丁目の角でお茶をのむ、始めて石原さんに会う。グルグル廻る戸から出た彼の印象、妻沼さんのダディへのインビテーションをホールできき、いそいで・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
出典:青空文庫