・・・部屋の前方は砂地の庭。草も花もなし。きたなげの所謂「春の枯葉」のみ、そちこちに散らばっている。舞台とまる。弥一の義母しづ、庭の物干竿より、たくさんの洗濯物を取り込みのさいちゅう。菊代の兄、奥田義雄は、六畳間の縁側にし・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・柔らかい砂地を踏みしめながらあるいているうちに、かつて経験した事のない不思議な心持になって来た。それは軽く船に酔ったような心持であった。そして鉛のように重いアパシイが全身を蔽うような気がした。美しい花の雲を見ていると眩暈がして軽い吐気をさえ・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・洪積期の遺物と見られる泥炭地や砂地や、さもなければはげた岩山の多いのに驚いたことであったが、また一方で自然の厳父の威厳の物足りなさも感ぜられた。地震も台風も知らない国がたくさんあった。自然を恐れることなしに自然を克服しようとする科学の発達に・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・一面の砂地に雑草が所まだらにおい茂りところどころ昼顔が咲いていた。近辺の子供はここをいい遊び場所にして柵の破れから出入りしていたがとがめる者もなかった。夏の夕方はめいめいに長い竹ざおを肩にしてあき地へ出かける。どこからともな・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ドイツでは行っても行っても洪積期の砂地のゆるやかな波の上にばらまいた赤瓦の小集落と、キーファー松や白樺の森といったような景色が多い。日本の景観の多様性はたとえば本邦地質図の一幅を広げて見ただけでも想像される。それは一片のつづれの錦をでも見る・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・そしてその時に、刳り取られたこの砂地が均されるのです」 海岸には、人の影が少しは見えた。「叔父さんは海は嫌いですか」「いや、そうでもない。以前は山の方がよかったけれども、今は海が暢気でいい。だがあまり荒い浪は嫌いだね」「そう・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・右側は目のとどくかぎり平かな砂地で、その端れは堤防に限られている。左手はとびとびに人家のつづいている中に、不動院という門構の寺や、医者の家、土蔵づくりの雑貨店なども交っているが、その間の路地を覗くと、見るも哀れな裏長屋が、向きも方角もなく入・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・っと尻をかけて両手でここを握って、よしか、僕が前へ押し出すからその勢で調子に乗って馳け出すんだよ、と怖がる者を面白半分前へ突き出す、然るにすべてこれらの準備すべてこれらの労力が突き出される瞬間において砂地に横面を抛りつけるための準備にしてか・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・イイダコはあまり深くない砂地のところにいるが、エサはなにもいらない。なんでもかまわないから、白色のものさえあればよい。ネギの白味、豚の白味、茶碗の欠片、白墨など。細い板の上にそれらのどれかをくくりつけ、先の方に三本ほど、内側にまくれたカギバ・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・葛の花は終夜、砂地に立つ電燈の光を受けた。〔一九二七年十一月〕 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
出典:青空文庫