・・・能面に似た秀麗な検事の顔は、薄笑いしていた。 男は、五年の懲役を求刑されたよりも、みじめな思いをした。男の罪名は、結婚詐欺であった。不起訴ということになって、やがて出牢できたけれども、男は、そのときの検事の笑いを思うと、五年のちの今日で・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・そのときのこの若くて眉目秀麗な力士の姿態にどこか女らしくなまめかしいところのあるのを発見して驚いたことであった。四 大学生時代に回向院の相撲を一二度見に行ったようであるがその記憶はもうほとんど消えかかっている。ただ、常陸山、・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・また振返って階段の下なる敷石を隔てて網目のように透彫のしてある朱塗の玉垣と整列した柱の形を望めば、ここに居並んだ諸国の大名の威儀ある服装と、秀麗なる貴族的容貌とを想像する。そして自分は比較する気もなく、不体裁なる洋服を着た貴族院議員が日比谷・・・ 永井荷風 「霊廟」
出典:青空文庫