・・・それから社会主義の某首領は蟹は柿とか握り飯とか云う私有財産を難有がっていたから、臼や蜂や卵なども反動的思想を持っていたのであろう、事によると尻押しをしたのは国粋会かも知れないと云った。それから某宗の管長某師は蟹は仏慈悲を知らなかったらしい、・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・ こう申し出たとて、誤解をしてもらいたくないのは、この土地を諸君の頭数に分割して、諸君の私有にするという意味ではないのです。諸君が合同してこの土地全体を共有するようにお願いするのです。誰でも少し物を考える力のある人ならすぐわかることだと・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ だが土鼠には、誰れの私有財産でもない太陽と澄んだ空気さえ皆目得られなかった。坑外では、製煉所の銅の煙が、一分間も絶えることなく、昼夜ぶっつゞけに谷間の空気を有毒瓦斯でかきまぜていた。坑内には、湿気とかびと、石の塵埃が渦を巻いていた。彼・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・こんなのんびりした世界でさえも、自分の手でしっかり握っていない限り私有物の所有権は確定しないものと見える。してみるとやっぱり自分の腕以外にたよりになる財産はないかもしれない。 ゴルフもだんだん見ているとなかなか六かしい複雑な技術だという・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・ その後再び高松を通過した時に遭った暑さも、私有レコード中の著しいものである。風に吹かれるとかえって余計に暑くて窒息しそうで、こうなると街路の柳の夕風に揺らぐのが、かえって暑さそのものの象徴であるように思われた。 シンガポールやコロ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・これに反して以前の窮屈な室へはいった時には、なんとなく学者の私有文庫を見せてもらうような気がした。これは、ある友人が評したように、つまり自分の頭が旧式であって、書物とその内容を普通の商品と同様に見なしうるほどに現代化し得ないためかもしれない・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ただに実際に心配なきのみならず、学校の官立なりしものを私立に変ずるときは、学校の当局者は必ず私有の心地して、百事自然に質素勤倹の風を生じ、旧慣に比して大いに費用を減ずべきはむろん、あるいはこれを減ぜざれば、旧時同様の資金をもってさらに新たに・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・近くその一例をあげていわんに、旧幕府のとき開成所を設けたれども、まったく官府の管轄を蒙り、官の私有に異ならざりしがゆえ、いったん幕府の瓦解にいたり捨ててかえりみる者なし。幸にして今日に及びようやく旧に復するの模様あれども、空しく二年の時日を・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ 例えば私有の権というが如きは、戸外において最も大切なる箇条にして、これを犯すものは不徳のみならず、冷淡無情なる法律においても深く咎むる所なれども、一歩を引いて家の内に入れば甚だ寛かにして、夫婦親子の間に私有を争うものも少なし。家の内に・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 然るに意気と身といえる意は天下の意にして一二唱歌の私有にはあらず。但唱歌は天下の意を採って之に声の形を付し以て一箇の現象とならしめしまでなり。されば意の未だ唱歌に見われぬ前には宇宙間の森羅万象の中にあるには相違なけれど、或は偶然の形に・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
出典:青空文庫