・・・刀のもとに屠り、日本浪曼派は苦労知らずと蹴って落ちつき、はなはだしきは読売新聞の壁評論氏の如く、一篇の物語を一行の諷刺、格言に圧縮せむと努めるなど、さまざまの殺伐なるさまを述べようと思っていたのだが、秋空のせいか、ふっと気がかわって、われな・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・右のほうのバックには構内の倉庫の屋根が黒くそびえて、近景に積んだ米俵には西日が黄金のように輝いており、左のほうの澄み通った秋空に赤や紫やいろいろの煙が渦巻きのぼっているのがあまりに美しかったから、いきなり絵の具箱を柵の上に置いてWCの壁にも・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・し入れたもので、寺門静軒が『江頭百詠』の中に漁舟丿影西東 〔漁舟丿して影西東白葦黄茅画軸中 白葦黄茅 画軸の中忽地何人加二点筆一 忽地として何人か点筆を加え一縄寒雁下二秋空一 一縄の寒雁 秋空を下る〕・・・ 永井荷風 「向嶋」
このかいわいは昼も夜もわりあいに静かなところである。北窓から眺めると欅の大木が一群れ秋空に色づきかかっていて、おりおり郊外電車の音がそっちの方から聞えてくる。鉄道線路も近いので、ボッボッボッボと次第に速く遠く消え去って行く・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 「秋空」 三津木静 「春龍胆」 若宮ふみ子 「何日かは春に」 大橋重男「秋空」は、まとまっているけれども、後半で女主人公が、自分からはなれたはじめの愛人吉村の心にもどってゆく、その心の過程が、感情・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・風車・乾草・小川は秋空をうつして流れている。農婦は赤い水汲桶を左右にかついで小川に向って来る。画中の女、戦の勝敗を知らず。 書簡註。この頃シベリアは郵便物が通れず通信すべてアメリカ経由でされている。このハガキは東京へ八・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・朝で、帝大構内の歴史的大銀杏の並木は晴れた秋空の下に金色だ。 金色の葉は砂利の上にも散ってる。吹く風の肌ざわり。ラッキョーの瓶。どっちも一寸しめっぽくて、ひやっこくて――帝大のブルジョア大学らしいネオ・ゴチックの建物を眺めながら歩いてい・・・ 宮本百合子 「ニッポン三週間」
・・・その叫び声が、高い秋空へ小さく撥ねかえった。赫土には少し、草も生えているし、トロッコの線路も錆びている。 Lをさかさにしたような悠やかな坂をみのえはのぼった。坂の上は草原で、左手に雑木林があった。その奥に池があった。池は凄く、みのえ一人・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・子供の笑い声、青年たちの笑声。秋空が澄んで、大きい菩提樹の梢が気持いい日光の下で黄ばみかけている。 この頃のモスクワと来たら、一ヵ月も見ないともういつの間にか、町角の様子なんかガラリとかわっちまう。新建築の板囲いが出来る。道路拡張で目じ・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
出典:青空文庫