・・・ 吉田はそんな話を聞くにつけても、そういう迷信を信じる人間の無智に馬鹿馬鹿しさを感じないわけにいかなかったけれども、考えてみれば人間の無智というのはみな程度の差で、そう思って馬鹿馬鹿しさの感じを取り除いてしまえば、あとに残るのはそれらの・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・これが明らかとなって初めて、ある特定の意志決定がどの程度まで道徳にかなっているかを判断することができるのである。倫理学はかかる問いに答えることを任務とする。それは行為とそのあり得べき結果との多様な、人間の精神に依従しない関係の認識を要しない・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・にかゝれた戦争よりも、真実味の程度に於て、純粋で、はるかにしのいでいる。トルストイのような古今無双の天才でも、自分が実際行ったセバストポールと、想像と調査が書いた「戦争と平和」に於ける戦争とには、段がついている。「セバストポール」には、・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・という、小説にもならぬ位の程度のものを作って居ります。『猫じやらし』という一巻ものなどは即ちそれで、読んでみますると、本所辺の賤しい笑を売る婦人の上を描こうと試みて居るのでございます。しかしそれらは素より馬琴のためにこれを語るさえ余り気の毒・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・彼女はすこし背をこごめ、女のたしなみを失わない程度で片足ずつそこへ出しながら、白い新しい足袋をはこうとした。その鞐を掛ける時に、昔は紐のついた足袋のあったことを思い出した。その足袋の紐を結んで、水天宮さまのお参りにでもなんでも出掛けたことを・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 以上を私が現在において為し得る人生観論の程度であるとすれば、そこに芸術上のいわゆる自然主義と尠なからぬ契機のあることを認める。けれども芸術上の自然主義はもっと広い。また芸術は必して直接にわれらの実行生活を指揮し整理する活動でもない。・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・よその家の金を、あんた、冗談にも程度がありますよ。いままでだって、私たち夫婦は、あんたのために、どれだけ苦労をさせられて来たか、わからねえのだ。それなのに、こんな、今夜のような情ねえ事をし出かしてくれる。先生、私は見そこないましたよ」「・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・それが云わば敵国の英国の学者の日蝕観測の結果からある程度まで確かめられたので、事柄は世人の眼に一種のロマンチックな色彩を帯びるようになって来た。そして人々はあたかも急に天から異人が降って来たかのように驚異の眼を彼の身辺に集注した。 彼の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ それでも、職長仲間の血縁関係や、例えば利平のように、親子で勤めている者は、その息子を会社へ送り込んで、どうやら、二百人足らずのスキャップで、一方争議団を脅かすため、一面機械を錆つかせない程度には、空の運転をしていたのである。「君、・・・ 徳永直 「眼」
・・・しかしこの議論はいつも或る条件をつけて或程度に押留めて置かなければならぬ。あんまりお調子づいて、この論法一点張りで東西文明の比較論を進めて行くと、些細な特種の実例を上げる必要なくいわゆる Maison de Papierに住んで畳の上に夏は・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫