・・・おぎんはさん・じょあん・ばちすたが、大きい両手のひらに、蝗を沢山掬い上げながら、食えと云う所を見た事がある。また大天使がぶりえるが、白い翼を畳んだまま、美しい金色の杯に、水をくれる所を見た事もある。 代官は天主のおん教は勿論、釈迦の教も・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・それは実際人間よりも、蝗に近い早業だった。が、あっと思ううちに今度は天秤捧を横たえたのが見事に又水を跳り越えた。続いて二人、五人、八人、――見る見る僕の目の下はのべつに桟橋へ飛び移る無数の支那人に埋まってしまった。と思うと船はいつの間にかも・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・そう思うと、多少不快な気がしたが、自分の同情の徹しないと云う不満の方が、それよりも大きいので、今度は話題を、今年の秋の蝗災へ持って行った。この地方の蒙った惨害の話から農家一般の困窮で、老人の窮状をジャスティファイしてやりたいと思ったのである・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・すると下から下士が一人、一飛びに階段を三段ずつ蝗のように登って来た。それが彼の顔を見ると、突然厳格に挙手の礼をした。するが早いか一躍りに保吉の頭を躍り越えた。彼は誰もいない空間へちょいと会釈を返しながら、悠々と階段を降り続けた。 庭には・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・ いちばん珍しいのは空をおおうて飛翔する蝗の大群である。これは写真としてはリリュストラシオンのさし絵で見た事はあったが、これが映画になったのはおそらく今度が始めてであり、ことに発声映画としてはこれがレコードであるにちがいない。蝗の羽音が・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・その一方ではまた、自分の田舎では人間の食うものと思われていない蝗の佃煮をうまそうに食っている江戸っ子の児童もあって、これにもまたちがった意味での驚異の目を見張ったのであった。 始めて飲んだ牛乳はやはり飲みにくい「おくすり」であったらしい・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・のまわりには敵の小船が蝗のごとく群がって、投げ槍や矢が飛びちがい、青い刃がひらめいた。盾に鳴る鋼の音は叫喊の声に和して、傷ついた人は底知れぬ海に落ちて行った。……王の射手エーナール・タンバルスケルヴェはエリック伯をねらって矢を送ると、伯の頭・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・佐多稲子、松田解子、平林たい子、藤島まき、壺井栄などがそうである。これらの婦人作家は、みな少女時代から辛苦の多い勤労の生活をして来て、やがて妻となり母となり、本当に女として生きてゆく希望、よろこび、その涙と忍耐とを文学作品に表現しようとして・・・ 宮本百合子 「明日咲く花」
・・・といったことは、佐多稲子の小説「虚偽」の中に痛切な連関をもってわたしたちを再び考えさせる。日本ロマン派の亀井勝一郎、保田与重郎などが、あの時代「抽象的な情熱」として万葉王朝時代の文化の讚美をおこなった。そのことは、こんにちの亀井勝一郎のジャ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・私はこれから、稲子さんのところへ行くんだけれども……」「へえ」 ひどく案外らしく、「知らないんですか」といわれた。「執筆禁止ですよ」「誰が?」「宮本百合子、中野重治それから――」何人かの姓名が告げられた。評論家も・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
出典:青空文庫