・・・そらそこの垣の外に広い稲田があるだろう。あの青い葉が一面に、こう照らされているじゃないか」「嘘ばかり、あれは星のひかりで見えるのだ」「星のひかりと火のひかりとは趣が違うさ」「どうも、君もよほど無学だね。君、あの火は五六里先きにあ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・が、それよりも身に沁みじみと感じて見てとおったのは秋田から山形に及ぶ広大な稲田の景色であった。 汽車が秋田市を出発して間もなく、窓の左右は目もはるかな稲田ばかりの眺めとなった。はるか左側に雄大な奥羽山脈をひかえ、右手に秋田の山々が見える・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・そしてその日のうちに姫路の城下平の町の稲田屋に這入った。本意を遂げるまでは、飽くまでも旅中の心得でいて、倅の宅には帰らぬのである。 宇平は九郎右衛門を送って置いて、十二月十日に文吉を連れて下関を立った。それから周防国宮市に二日いて、室積・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫