・・・その秋大阪に住んでいるある作家に随筆を頼むと、〆切の日に速達が来て、原稿は淀の競馬の初日に競馬場へ持って行くから、原稿料を持って淀まで来てくれという。寺田はその速達の字がかつて一代に来た葉書の字とまるで違っていることに安心したが、しかし自分・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ 私は黙って立って、六畳間の机の引出しから稿料のはいっている封筒を取り出し、袂につっ込んで、それから原稿用紙と辞典を黒い風呂敷に包み、物体でないみたいに、ふわりと外に出る。 もう、仕事どころではない。自殺の事ばかり考えている。そうし・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・お池の岩の上の亀の首みたいなところがあるぞ。稿料はいったら知らせてくれ。どうやら、君より、俺の方が楽しみにしているようだ。たかだか短篇二つや三つの註文で、もう、天下の太宰治じゃあちょいと心細いね。君は有名でない人間の嬉しさを味わないで済んで・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・五円の割でお金下さい。五円、もとより、いちどだけ。このつぎには、五十銭でも五銭でも、お言葉にしたがいますゆえ、何卒、いちど、たのみます。五円の稿料いただいても、けっしてご損おかけせぬ態の自信ございます。拙稿きっと、支払ったお金の額だけ働いて・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・さもなくば商才、人に倍してすぐれ、画料、稿料、ひとより図抜けて高く売りつけ、豊潤なる精進をこそすべき也。これ、しかしながら、天賦の長者のそれに比し、かならず、第二流なり。」 定理 苦しみ多ければ、それだけ、報いられる・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・原稿用紙を三十枚も破った。稿料六十円を請求する。バカ。いま払えなかったら貸して置く。 太宰治 「無題」
・・・原稿用紙、六百枚にちかいのであるが、稿料、全部で六十数円である。 けれども、私は、信じて居る。この短篇集、「晩年」は、年々歳々、いよいよ色濃く、きみの眼に、きみの胸に滲透して行くにちがいないということを。私はこの本一冊を創るためにのみ生・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・私も少しは稿料も入るし。「阿Q正伝」の作者魯迅が没しました。写真の顔は芸術家らしくなかなか立派なところがあります。支那のゴーリキイといわれた由。この頃、パアル・バックというアメリカ人の女作家のひとの「母」「大地」など支那を描いた作品をよみま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・さっきその原稿料が来た。短いもの故わずかではあるが、ないには増しです。 あなたの召物や何か、これからは本のようになるたけお送りします。いろんな意味で流行っている本もお目にかけますから、どうぞそのおつもりで。きょうはこれでおやめにいたしま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・どうぞその時までには、編輯者諸君が沢山私の稿料をくれますように、ペダントリーの種がますように。そして、愛するYが、時間と金とを魔術のように遣り繰る技能に、一段の研磨の功を顕しますように。〔一九二六年八月〕・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫