・・・正月は、ひどい寒さでもあるし、蓄えの穀物があんまり豊かでない時なので、貧しい村人は盆をたのしみに、晴着をつくりたい処も、のばしておくのである。 元日に年始に来ないものは大抵二日になっても来ない。その来ない人達は、旧の正月を祝うのである。・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・土を鋤く事は、よい穀物を立派に育てる為なのだと云う事を知っているのだ。 ○ 私が去年の夏行っていた、或る湖畔には、非常に沢山黒人がいた。白い皮膚を持った人々が彼等をどんなに待遇するか、どんな心で彼等を見ている・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・こんなに楽な、しかもしっとり重く実った穀物の穂をゆするようにたっぷり充実した仕事のこころもちを、経験したことがあったろうか。襖のあいている奥の三畳へ視線をやって、ひろ子は暫く凝っとそっちを眺めていた。北側の三畳の障子に明るく午後の日ざしがた・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・そのことはこの頑固そうな中年男が云うばかりでない。穀物生産組合がすでに問題として批判していた。 タクシーは、モスクワで公営だ。運転手は月給で雇われ、働く。工場へ出勤するプロレタリアートと同じに。ところが昔ながら赤い車輪の辻馬車は、仲間で・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・杉の生垣の切れた処に、柴折戸のような一枚の扉を取り付けた門を這入ると、土を堅く踏み固めた、広い庭がある。穀物を扱う処である。乾き切った黄いろい土の上に日が一ぱいに照っている。狭く囲まれた処に這入ったので、蝉の声が耳を塞ぎたい程やかましく聞え・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・しかし卵から出たばかりの雛に穀物を啄ませ、胎を離れたばかりの赤ん坊を何にでも吸い附かせる生活の本能は、驚の目の主にも動く。娘は箸を鍋から引かなくなった。 男のすばしこい箸が肉の一切れを口に運ぶ隙に、娘の箸は突然手近い肉の一切れを挟んで口・・・ 森鴎外 「牛鍋」
出典:青空文庫