・・・八十年むかしに日本の政治や学術は突如として西洋化した。それに後れること殆ど一世紀にして裸体の見世物が戦敗後の世人の興味を引きのばしたのだ。時代と風俗の変遷を観察するほど興味の深いものはない。昭和廿四年正月・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・しかるに一家の批判を以て任ずべき文芸家もしくは文学家が、国家を代表する政府の威信の下に、突如として国家を代表する文芸家と化するの結果として、天下をして彼らの批判こそ最終最上の権威あるものとの誤解を抱かしむるのは、その起因する所が文芸その物と・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・それを一通り調べてもまだ足らぬ所があるので、やはり上代から漕ぎ出して、順次に根気よく人文発展の流を下って来ないと、この突如たる勃興の真髄が納得出来ないという意味から、次に上代以後足利氏に至るまでを第一巻として発表されたものと思われる。そうは・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・』 其女の方の後には、幾個かの人の垣を為た様に取巻いて、何人も呆れてお居での様でした。『彼の女は僕の云う様な事を云っている。』 突如に斯う云った人があったのです。見返ると、あの可厭々々学生が、何時か私達の傍近くに立って居たではあ・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・然るに主筆はまた突如として来られて、是非書けと促される。その情極めて慇懃である。好し好し。然らば主筆のために強いて書こう。同じく文壇の評ではあるが、これは過去の文壇の評で、しかもその過去の文壇の一分子たりし鴎外漁史の事である。原と主筆が予に・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・ 彼は張り切った綱が切れたように、突如として笑い出した。だが、忽ち彼の笑声が鎮まると、彼の腹は獣を入れた袋のように波打ち出した。彼はがばと跳ね返った。彼の片手は緞帳の襞をひっ攫んだ。紅の襞は鋭い線を一握の拳の中に集めながら、一揺れ毎に鐶・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ 彼はこのときから、突如として新しい意志を創り出した。彼はその一個の意志で、総ゆる心の暗さを明るさに感覚しようと努力し始めた。もう彼にとって、長い間の虚無は、一睡の夢のように吹き飛んだ。 彼は深い呼吸をすると、快活に妻のベッドの傍へ・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・やがて時が迫って来て彼女の特有な心持ちにはいると、突如全身の情熱を一瞬に集めて恐ろしい破裂となり、熱し輝き煙りつつあるラヴァのごとくに観客の官能を焼きつくす。その感動の烈しさは劇場あって以来かつてない事である。この瞬間には彼女は自己というも・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・一瞬間深い沈黙と静止が起こる。突如として鋭い金属の響きが堂内を貫ぬき通るように響く。美しい高い女高音に近い声が、その響きにからみついて緩やかな独唱を始める。やがてそれを追いかけるように低い大きい合唱が始まる。屈折の少ない、しかし濃淡の細やか・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・人間を取り巻く植物、家、道具、衣服等々の細かな形態が、深い人生の表現としての巨大な意義を、突如として我々に示してくれる。風物記はそのままに人間性の表現の解釈となっている。特に人間の風土性に関心を持つ自分にとっては、これらの風物記は汲み尽くせ・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫