・・・じつに彼らは、抑えても抑えても抑えきれぬ自己その者の圧迫に堪えかねて、彼らの入れられている箱の最も板の薄い処、もしくは空隙に向ってまったく盲目的に突進している。今日の小説や詩や歌のほとんどすべてが女郎買、淫売買、ないし野合、姦通の記録である・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 折から一天俄に掻曇りて、どと吹下す風は海原を揉立つれば、船は一支も支えず矢を射るばかりに突進して、無二無三に沖合へ流されたり。 舳櫓を押せる船子は慌てず、躁がず、舞上げ、舞下る浪の呼吸を量りて、浮きつ沈みつ、秘術を尽して漕ぎたりし・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・心易いものと心易いものが、お互いに死出の友を求めて組みし合い、抱き合うばかりにして突進した。今から思て見ると、よく、まア、あないな勇気が出たことや。後について来ると思たものが足音を絶つ、並んどったものが見えん様になる、前に進むものが倒れてし・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・周章てて急坂を駈下りて転がるように停車場に飛込みざま切符を買った処へ、終列車が地響き打って突進して来た。ブリッジを渡る暇もないのでレールを踏越えて、漸とこさと乗込んでから顔を出すと、跡から追駈けて来た二葉亭は柵の外に立って、例の錆のある太い・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 永井は、ほかの者におくれないように、まっしぐらに突進した。着剣した、兵士の銃と銃、剣と剣が触れあって、がちゃがちゃ鳴ったり、床尾板がほかの者の剣鞘をはねあげたりした。「栗本、なに、ぐずぐずしてるんだ! 早く進まんか!」 軍曹が・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・御両親を捨てて上京し、がむしゃらに小説を書いて突進し、とうとう小説家としての一戸を構えた。気の弱い、根からの善人には、とても出来る仕業ではありません。敗北者の看板は、やめていただく。君は、たしかに嘘ばかり言っています。君は、まずしく痩せた小・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・そうしてまっしぐらに水中をおそらく三メートル以上も突進して行って、静かに浮かんでいる白の親鳥のそばに浮き上がったかと思うと、いきなりその首筋に食いついて、この弱々しい小柄の母鳥のからだを水中に押し沈めた。驚いて見ていると、この暴君はまもなく・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・である。それで、発声映画において視覚のリズムと照応した物音の律動的駆使によって著しい効果を収めうるのは当然のことである。たとえば、ルービッチの「モンテカルロ」で突進する機関車のエンジンの運動と汽笛の音と伴奏音楽との合成的律動や、「自由をわれ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・地質学者の一隊が中継ぎのステーションへ向かって突進する、その荷物を橇で引いて行く犬群の頼もしく勇ましい姿は何かしらわれわれの心の奥底に触れる美しさをもっている。人間はそれぞれの明白な心の目標があって、それに向かわんために充分納得して寒苦と戦・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫