・・・けれども誰かに押されるように立ち止まることさえ容易ではなかった。…… 三十分ばかりたった後、僕は僕の二階に仰向けになり、じっと目をつぶったまま、烈しい頭痛をこらえていた。すると僕のまぶたの裏に銀色の羽根を鱗のように畳んだ翼が一つ見えはじ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ おれがこう云って立ち止まると、「馴れないからよく刈れましね、荒場のおじいさんもたいそうお早くどこへいきますかい」 そう云って莞爾笑うのさ、器量がえいというではないけど、色が白くて顔がふっくりしてるのが朝明りにほんのりしてると、・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・ 彼は、一寸立ち止る。じろりと見渡す。何処も彼処も、彼には一向面白可笑しくもないラムプスタンドばかり並んでいるのを認めると、忽ち、「なあんだ!」と云う表情を、日にやけた小癪な反り鼻のまわりに浮べる。 もう一遍、さも育ちきった若者らし・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ 洋画の部でも、私は精神をつかまれたように感じて立ち止るような絵には出会うことが出来なかった。 この洋画の部では、去年「老婆」を出品して一般の注意をひいた漫画家の池部鈞氏が今年は「落花」という小さい絵を出し、二列に並べたところの上の・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・ 小さい女はひどく急いでいる風で立ち止まるのも惜しそうに、歩道の上から御者に叫んだ。 ――ひま? ――何処へ行きますかね? ――サドゥヴァヤ! ストラスナーヤの角とトゥウェルスカヤ六十八番とへよって、二ルーブリ! ――よ・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
出典:青空文庫