・・・ 竹は筍の出る頃、其葉の色は際立って醜い。竹が美しい若葉を着けるのは、子が既に若竹になってからである。生殖を営んで居る間の衰えということをある時つくづく感じたことがあった。 花曇り、それが済んで、花を散らす風が吹く。その後に晩春の雨・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・その一つは寒竹の筍である。 高知近傍には寒竹の垣根が多い。隙間なく密生しても活力を失わないという特徴があるために垣根の適当な素材として選ばれたのであろう。あれは何月頃であろうか。とにかくうすら寒い時候に可愛らしい筍をにょきにょきと簇生さ・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・黄昏に袖無を羽織って母上と裏の垣で寒竹筍を抜きながらも絵の事を思っていた。薄暗いランプの光で寒竹の皮をむきながら美しい絵を思い浮べて、淋しい母の横顔を見ていたら急に心細いような気が胸に吹き入って睫毛に涙がにじんだ。何故泣くかと母に聞かれてな・・・ 寺田寅彦 「森の絵」
・・・日本はまるで筍のように一夜の中にずんずん伸びて行く。インスピレーションの高調に達したといおうか、むしろ狂気といおうか、――狂気でも宜い――狂気の快は不狂者の知る能わざるところである。誰がそのような気運を作ったか。世界を流るる人情の大潮流であ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・生計不如意の家は扨置き、筍も資力あらん者は、仮令い娘を手放して人の妻にするも、万一の場合に他人を煩さずして自立する丈けの基本財産を与えて生涯の安心を得せしむるは、是亦父母の本意なる可し。古風の教に婦人の三従と称し、幼にして父母に従い、嫁して・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・臨むに諸侯の威をもってし招くに春岳の才をもってし、しこうして一曙覧をして破屋竹笋の間より起たしむるあたわざりしもの何がゆえぞ。謙遜か、傲慢か、はた彼の国体論は妄に仕うるを欲せざりしか。いずれにもせよ彼は依然として饅頭焼豆腐の境涯を離れざりし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・橋あり長さ数十間その尽くる処嶄岩屹立し玉筍地を劈きて出ずるの勢あり。橋守に問えば水晶巌なりと答う。 水晶のいはほに蔦の錦かな 南条より横にはいれば村社の祭礼なりとて家ごとに行燈を掛け発句地口など様々に書き散らす。若人はたすきりり・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・て、その後ろに石があって、その横に白丁があって、すこし置いて椿があって、その横に大きな木犀があって、その横に祠があって、祠の後ろにゴサン竹という竹があって、その竹はいつもおばアさんの杖になるので、その筍は筍のうちでも旨い筍だということであっ・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・「出発」「北方のともしび」「一月卅一日の夜」「筍」これらはそれぞれの角度から日本の教育者がとじこめられて来た過去の非人間な事情と、現在の苦しい経済事情に生きるなかにもひとしお苦痛な先生というものの特殊な立場を語っている。「出発」は教員養成所・・・ 宮本百合子 「選評」
・・・丁度日曜日で、目黒の不動へ、筍飯をたべにつれられて行ったそのかえり道に弟と私と二人で、それぞれ父の手につかまって来た。夕方、人々がさわいでその崖上に集り、火事をみているのであった。 鴎外が、そういう見晴らしに向って立っていた自分の二階を・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
出典:青空文庫