・・・と、西宮は理も分らぬことを言い、わざとらしく高く笑うと、「本統に馬鹿にしていますね」と、吉里も笑いかけた。「戯言は戯言だが、さッきから大分紛雑てるじゃアないか。あんまり疳癪を発さないがいいよ」「だッて。ね、そら……」と、吉里は眼に物・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・その状、あたかも田舎漢が都会の住居に慣れて、故郷の事物を笑うものに異ならず。ますます洋学に固着してますます心志の高尚なりしもゆえんなきに非ざるなり。 右の如く、ただ気位のみ高くなりて、さて、その生計はいかんというに、かつて目的あることな・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・で、其女の大口開いてアハハハハと笑うような態度が、実に不思議な一種の引力を起させる。あながち惚れたという訳でも無い。が、何だか自分に欠乏してる生命の泉というものが、彼女には沸々と湧いてる様な感じがする。そこはまア、自然かも知れんね――日蔭の・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ ぬかづけばひよ鳥なくやどこでやら 三島の旅舎に入りて一夜の宿りを請えば草鞋のお客様とて町に向きたるむさくろしき二階の隅にぞ押しこめられける。笑うてかなたの障子を開けば大空に突っ立ちあがりし万仞の不尽、夕日に紅葉なす雲になぶられ・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・……先生はああ倒れたのか、苗が弱くはなかったかな、あんまり力を落してはいけないよ、ぐらいのことを云って笑うだけのもんだ。日誌、日誌、ぼくはこの書きつける日誌がなかったら今夜どうしているだろう。せきはとめたし落し口は切ったし田のなかへはまだ入・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・擽ったがってフッフッフッって笑うよ」 ふき子が伸びをするように胸を反して椅子から立ちながら、「みんな紅茶のみたくない?」「賛成!」 忠一が悲痛らしく眉を顰めて、「何にしろ、蝦姑だろうね」といった。「全くさ」 ・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・とお母あ様が問うと、秀麿は愛想好く笑う。「一向駄目ですね。学生は料理屋へ大晦日の晩から行っていまして、ボオレと云って、シャンパンに葡萄酒に砂糖に炭酸水と云うように、いろいろ交ぜて温めて、レモンを輪切にして入れた酒を拵えて夜なかになるのを待っ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ツァウォツキイはこう云って娘の笑う顔を見ようと思ったのである。 しかし娘は笑わなかった。母と同じように堅気で真面目にしている子だからである。「手品なんざ見なくたってよございます。さっさとお帰りなさい。」こう云って娘は戸を締めようとし・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 女の子が笑うと、彼は調子づいてなお強く自分の頭をぴしゃりぴしゃりと叩いていった。すると、女の子も、「た、た。」といいながら自分の頭を叩き出した。 しかし、いつまでもそういう遊びをしているわけにはいかなかった。灸は突然犬の真似をした・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・毎日朝早く妹のアガアテが部屋に這入って参って、にっこり笑うのでございます。アガアテはいつでもわたくしの所へ参ると、にっこり笑って、尼の被物に極まっている、白い帽子を着ていまして、わたくしの寝床に腰を掛けるのでございます。わたくしが妹の手を取・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫