・・・それから一箇月近く私はその旅館の、帳場の小箪笥の引出しにいれられていましたが、何だかその医学生は、私を捨てて旅館を出てから間もなく瀬戸内海に身を投じて死んだという、女中たちの取沙汰をちらと小耳にはさみました。『ひとりで死ぬなんて阿呆らしい。・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・ その旅行の二箇月ほど後に、私は偶然、北さんと街で逢った。北さんは、蒼い顔をして居られた。元気が無かった。「どうしたのです。痩せましたね。」「ええ、盲腸炎をやりましてね。」 あの夜、青森発の急行で帰京したが、帰京の直後に腹痛・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・フロオベエルは、この言葉一つに、三箇月も苦心したんだぞ。」 ああ、思えば不思議な宵であった。人生に、こんな意外な経験があるとは、知らなかった。私は二人の学生と、宵の渋谷の街を酔って歩いて、失った青春を再び、現実に取り戻し得たと思った。私・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 何箇月か何年か、ないしは何十年の後に、一度は敵国の飛行機が夏の夕暮れに烏瓜の花に集まる蛾のように一時に飛んで来る日があるかもしれない。しかしこの大きな蛾をはたき落すにはうちの猫では間に合わない。高射砲など常識で考えても到底頼みになりそ・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 生れて二十箇月後に階段から転がり落ちて、頭に青や黒の斑点が出来た。その後にも海岸の波止場から落ちて溺れかかった事もあった。また射的をしている人の鉄砲の筒口の正面へ突然顔を出して危うく助かった事もあった。大きくなるに従って物を知りたがり・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・別段の事はないと思って好加減にして置いたら、一週間目から肺炎に変じて、とうとう一箇月立たない内に死んでしまった。その時医者の話さ。この頃のインフルエンザは性が悪い、じきに肺炎になるから用心をせんといかんと云ったが――実に夢のようさ。可哀そう・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・三箇月も四箇月も遊んでいる人があるのでこれは気の毒だと思うと、豈計らんやすでに一年も二年もボンヤリして下宿に入ってなすこともなく暮しているものがある。現に私の知っている者のうちで、一年以上も下宿に立て籠って、いまだに下宿料を一文も払わないで・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・らは厭だからおれは午後から出るとわがままを云うものもできようし、あるいは今日は少し早く切り上げて寄席へ行くとか、あるいは今日は朝出がけに酒を飲むんだとか各々勝手な事を、ばらばらに行動されてはせっかく一箇月でできる事業も一年かかるか二年かかる・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・条約改正、内地雑居も僅に数箇月の内に在り、尚お此まゝにして国の体面を維持せんとするか、其厚顔唯驚く可きのみ。抑も東洋西洋等しく人間世界なるに、男女の関係その趣を異にすること斯の如くにして、其極日本に於ては青天白日一妻数妾、妻妾同居漸く慣れて・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・四辺の静寂が四箇月ぶりで、彼に温泉のように甘美なものに感じられた。 うっとりとした彼の目には、拭きこんだ硝子越しに、葉をふるい落した冬の欅の優美な細枝が、くっきり青空に浮いているのが見えた。ほんの僅かな白雲が微に流れて端の枝を掠め、次の・・・ 宮本百合子 「或る日」
出典:青空文庫