・・・もっとも、こう言ったからとて、私は西鶴を狭義の大坂人という範疇の中にせばめる積りはない。私にとって、大阪人とは地理的なものを意味しない。スタンダールもアランも私には大阪人だ。すこし強引なようだが、私は大阪人というものをそのように広く解してい・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
古代ギリシアの哲学者の自然観照ならびに考察の方法とその結果には往々現代の物理学者、化学者のそれと、少なくも範疇的には同様なものがあった。特にルクレチウスによって後世に伝えられたエピキュリアン派の所説中には、そういうものが数・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・の妙用に過ぎないので、われわれ人間の生涯の行路についても似よったことが言われるであろうが、そういう範疇の適切なる一例として見らるるという点に興味があるであろう。またそう見ることによって定座の意義が明瞭となり、また制作に当たっての一つの指針を・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・さてその最後の判断と云えば善悪とか優劣とかそう範疇はたくさんないのですが無理にもこの尺度に合うようにどんな複雑なものでも委細御構なく切り約められるものと仮定してかかるのであります。中味は込入っていて眼がちらちらするだけだからせめて締括った総・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・だが日本で普通に言はれてるやうな範疇の詩人にも、また勿論ニイチェは理解されない。だがその二つの資格をもつ読者にとつて、ニイチェほど興味が深く、無限に深遠な魅力のある著者は外にない。ニイチェの驚異は、一つの思想が幾つも幾つもの裏面をもち、幾度・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
女らしさというものについて女自身はどう感じてどんなに扱っているのだろうか。これはなかなか微妙で面白いことだし、また女らしさというような表現が日常生活の感情の中に何か一つの範疇のようなものとしてあらわれはじめたのは、いつの時・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ 武家気質というものをそれなり歴史のなかのものと承認して、その心理の範疇のなかへ近代人としての鴎外が整理と観察の光りを射こんだ創作態度から云うと、この「阿部一族」は内容、構成、文章等最も傑出した作品である。 今日の私たちにとって、森・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・これまでの常識は主観的といえば身に近く熱っぽくあたたかいもの、客観性というものは冷たい理智的なものという範疇で簡単に片づけて来ているけれども、人間の精神の豊饒さはそんな素朴な形式的なものではない。女を度しがたい的可愛さにおく女の主観的生きか・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・ 真実を儚かない態度とか、同情、愛というような私たち人間の感情を、古風な学問の範疇では道徳、倫理の枠に入れて考えて、科学とそういうものとは別々に云いもし、教えもしていた。仮に二つのものを一つに結び合わして考えたい心持のひとは、二つに分け・・・ 宮本百合子 「科学の精神を」
・・・の動因を社会の生産諸関係の推移、その矛盾のうちに見ようとする民主的傾向、それらは、本来において、社会に対する認識の表現であるから、まぎれもなく公的なものであるにかかわらず、「滅すべき私」の範疇に入れられることとなった。そして、「日本のため」・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
出典:青空文庫