・・・自分などは、往来でけたたましい自動車の警笛を聞いても存外それが右だか左だかということさえわからないことがあるのに、あの小さな蚊は即座に音源の所在を精確に探知し、そうして即座に方向舵をあやつってねらいたがわずまっしぐらにそのほうへ飛来するので・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・学者が第一次近似をもって甘んずる時、世人は却って第二次近似あるいは数学的の精確を期待する場合もあり。これは後に詳説する天気予報の場合において特に著し。かくのごとき見解と期待との相違より生ずる物議は世人一般の科学的知識の向上とともに減ずるは勿・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・これも陽像あるいは陰像のおのおのの場合に放射線の長さや数について統計的の規則は見いだされるが、個々の場合の精確な予想は到底できない。この二つの場合に何ゆえに対称的な同心円形が現われないで有限数の放射線が現われるか。これは今のところ不思議だと・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・もっとも耳たぶがあるために各方の耳が精確にどちらに向いているかという事はそう簡単に言われないが、しかし、この平凡な事実は考えてみるといろいろなおもしろい意義をもっている。 二つずつあるのは空間知覚のためであって、二つの間の距離が空間を測・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・昔の物理学者らが一名を電子と称するテルの矢のねらいは熟練と注意とによって無限に精確になりうると考えたに反して、新しい物理学者は到底越え難いある「不確定」の限界を認容することになった。いわば昔はただ主観の不確定性だけを認めて客観の絶対確定性を・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・彼の職務は或る作品がいかなる芸術的価値を持つかを定めることではなく、ただそれが公開される場合に公衆に対していかなる影響を及ぼすかを精確に判定し、その影響が社会の秩序を紊乱し善良な風俗を壊乱するようなものであった場合に、その公開を禁止すること・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・寸法が精確に測定されていながら、写像がぼんやりしているよりも、像の印象が精確に捕えられていて、寸法のぼんやりしている方が、われわれにはずっとありがたい。 さてそのような観点から麦積山の写真をながめていて、まず痛切に感ずるところは、こ・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
・・・氏によると、先生は非常にきちょうめんで、大学の規定は大小となく精確に守られた。同僚の教師たちがなまけて顔を出していないような席にも、規定とあれば先生は必ず出席せられた。何かの式であるとか、学友会の遠足であるとか、すべてそうであった。そばから・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫