・・・鯉はマナイタの上にのせられると動かなくなるといわれているが、それは覚悟を定めての上で、ドンコのようにどうされるのか知らないのとは、精神に雲泥の差がある。 河豚も醜魚だが、ドンコもあんまり恰好がよいとはいえない。しかし、味はなかなかよくサ・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・夫婦の間に子なき其原因は、男子に在るか女子に在るか、是れは生理上解剖上精神上病理上の問題にして、今日進歩の医学も尚お未だ其真実を断ずるに由なし。夫婦同居して子なき婦人が偶然に再縁して子を産むことあり。多婬の男子が妾など幾人も召使いながら遂に・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・――その時はツルゲーネフに非常な尊敬をもってた時だから、ああいう大家の苦心の作を、私共の手にかけて滅茶々々にして了うのは相済まん訳だ、だから、とても精神は伝える事が出来んとしても、せめて形なと、原形のまま日本へ移したら、露語を読めぬ人も幾分・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・主人ピエエルが現代に始めて出来た精神的貴族社会の一員であると云うことは、この周囲を見て察せられる。あるいは精神的富豪社会と云った方が当たっているかも知れない。それはどんな社会だと云うと、国家枢要の地位を占めた官吏の懐抱している思想と同じよう・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・かの魚彦がいたずらに『万葉』の語句を模して『万葉』の精神を失えるに比すれば、曙覧が語句を摸せずしてかえって『万葉』の精神を伝えたる伎倆は同日に語るべきにあらず。さわれ曙覧は徹頭徹尾『万葉』を擬せんと務めたるに非ず。むしろその思うままを詠みた・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・わたくしが疲れてそこに睡りますと、ざあざあ吹いていた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上の山の方や、野原に行われていた鹿踊りの、ほんとうの精神を語りました。 そこらがまだまるっきり、丈高い草や黒い林のままだったとき、・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・そのたたかいの気迫、抵抗の猛勇な精神は、その情勢の中では「過渡期の道標」のようなタッチでは表現されなかった。著者は階級的な社会発展とその文学理論の要石をつよくしっかり据えようと奮闘している。 新鮮な階級的な知性と実践的な生の脈うちとで鳴・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・ 役所では人の手間取のような、精神のないような、附けたりのような為事をしていて、もう頭が禿げ掛かっても、まだ一向幅が利かないのだが、文学者としては多少人に知られている。ろくな物も書いていないのに、人に知られている。啻に知られているばかり・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・その時までの記章にはおれが秘蔵のこの匕首(これにはおれの精神匕首を残せば和女もこれで煩悩の羈をばのう……なみだは無益ぞ』と日ごろからこの身はわれながら雄々しくしているに、今日ばかりはいかにしてこう胸が立ち騒ぐか。別離の時のお言葉は耳にとまっ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・人間が行動するとき、子のあるものと子のないものとの行為や精神には、非常な相違がある。この平凡な確実なことは、子のないときには理解ができても洞察の度合においてはるかに深度が違ってくる。この深度は作家の作品に影響しないはずがない。宇野浩二氏の『・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫