・・・が、彼等は――少くとも妻は、僕のこう云う素振りに感づくと、僕が今まで彼等の関係を知らずにいて、その頃やっと気がついたものだから、嫉妬に駆られ出したとでも解釈してしまったらしい。従って僕の妻は、それ以来僕に対して、敵意のある監視を加え始めた。・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・義理にも進んで行きたがる様な素振りは出来ない。僕は朝飯前は書室を出ない。民子も何か愚図愚図して支度もせぬ様子。もう嬉しがってと云われるのが口惜しいのである。母は起きてきて、「政夫も支度しろ。民やもさっさと支度して早く行け。二人でゆけば一・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・CやBの売薬を何となく愛用している私は、いもりの黒焼の効能なぞには自然疑いをもつのであるが、けれども仲の悪い夫婦のような場合は、効能が現われるという信念なり期待なりを持っていると、つい相手の何でもない素振りが自分に惚れ出した証拠だと錯覚して・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・あらいやな髭なんぞを生やして、と言いかけしがその時そこへ来たる辰弥の、髯黒々としたるに心づきて振り返りさまに、あら御免なさいましよ、おほほほほ、と打って変りたる素振りなり。 これは私の親戚のもので、東条綱雄と申すものです。と善平に紹介さ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・坪二円九十銭なら、のどから手が出そうだのに、親爺はまるッきり、そんな素振りはちっとも現わさないのだ。 とうとう、三円五十銭となった。 家の田と畠は、三カ所、敷地にひっかゝっていた。その一つの田は、真中が敷地となって、真二ツに切られ、・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・大谷さんは、その晩はおとなしく飲んで、お勘定は秋ちゃんに払わせて、また裏口からふたり一緒に帰って行きましたが、私には奇妙にあの晩の、大谷さんのへんに静かで上品な素振りが忘れられません。魔物がひとの家にはじめて現われる時には、あんなひっそりし・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・相当の実業家らしいのですが、財産やら地位やらを一言も広告しないばかりか、名誉の家だって事さえ素振りにあらわさず、つつましく涼しく笑って暮しているのですからね。あんな家庭は、めったにあるもんじゃない。」「名誉の家?」 私は名誉の家の所・・・ 太宰治 「佳日」
・・・かえって私に、金を貸そうとする素振りさえ見せる学生もある。一つの打算も無く、ただ私と談じ合いたいばかりに、遊びに来るのだ。私は未だいちども、此の年少の友人たちに対して、面会を拒絶した事が無い。どんなに仕事のいそがしい時でも、あがりたまえ、と・・・ 太宰治 「新郎」
・・・けれども、自分の趣味の高さを誇るような素振りは、ちっとも見せない。美術に関する話も、あまりしない。毎日、自分の銀行に通勤している。要するに、一流の紳士である。六年前に先代がなくなって、すぐに惣兵衛氏が、草田の家を嗣いだのである。 夫人は・・・ 太宰治 「水仙」
・・・ その日私は、午前中、原稿用紙を汚して、それから、いらいらしたような素振りをしながら宿を出た。赤根公園をしばらくぶらついて、それから、昼食をたべに街へ出た。私は、「いでゆ」という喫茶店にはいった。いまは立派な新進作家であるから、むかしの・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
出典:青空文庫