・・・――と思うか思わない内に、妻は竹の落葉の上へ、ただ一蹴りに蹴倒された、(再盗人は静かに両腕を組むと、おれの姿へ眼をやった。「あの女はどうするつもりだ? 殺すか、それとも助けてやるか? 返事はただ頷けば好い。殺すか?」――おれはこの言葉だけで・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ 羽織の袖口両方が、胸にぐいと上るように両腕を組むと、身体に勢を入れて、つかつかと足を運んだ。 軒から直ぐに土間へ入って、横向きに店の戸を開けながら、「御免なさいよ。」「はいはい。」 と軽い返事で、身軽にちょこちょこと茶・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・あと三個も、補助席二脚へ揉合って乗ると斉しく、肩を組む、頬を合わせる、耳を引張る、真赤な洲浜形に、鳥打帽を押合って騒いでいたから。 戒は顕われ、しつけは見えた。いまその一弾指のもとに、子供等は、ひっそりとして、エンジンの音立処に高く響く・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 向うには、旦那の熊沢が、上下大島の金鎖、あの大々したので、ドカリと胡坐を組むのであろう。「お留守ですか。」 宗吉が何となく甘谷に言った。ここにも見えず、湯に行った中にも居なかった。その熊沢を訊いたのである。 縁側の片隅で、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・省作は六尺大の男がおはまと組むは情けないという。それじゃ五百でも六百でも刈ってくれと姉が冷笑する。おはまはまた省さんが五百刈ればわたしだって五百刈るという。おはまはなんでもかでも今日は省さんを負かして何か買ってもらうんだという。「おれが・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・そうして三角点の配布が決定したら、次にはそこに櫓を組む造標作業がある。場所によっては遠い下のほうから材木を引き上げなければならず、また見透しの邪魔になる樹木を切らなければならない。これにも一点に約二週間はかかる。 櫓ができたら少なくも一・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・三郎は少し困ったように両手をうしろへ組むと向こう側の土手のほうへ職員室の前を通って歩きだしました。 その時風がざあっと吹いて来て土手の草はざわざわ波になり、運動場のまん中でさあっと塵があがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・兵士伍を組む。大将「前列二歩前へおいっ。偶数一歩前へおいっ。」大将「よろしいか。これから生産体操をはじめる。第一果樹整枝法、わかったか。三番。」兵卒三「わかりました。果樹整枝法であります。」大将「よろしい。果樹整・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ 彼の最も清浄な、涙組むまで美くしい心のあふれ出た「獄中記」の中で、「基督は、何者にもまして個人主義者の最高の位置を占むべき人である」と云うて居る。 真の箇人主義は斯くあるべきではないか。 私の云う霊を失った哀れなる亡霊の多・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・「ちっとも朴突(なうまみのあるところがないと主婦はいやそうに云って居たけれども、添え手紙をもらって医者に話をきいて来た男の様子は、皆が可哀そうがって、涙組むほど、しおれて心配げに変って見えた。 急にざわめきたった家中は、・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
出典:青空文庫