・・・木々は野生えのままに育ち、春は梅桜乱れ咲き、夏は緑陰深く繁りて小川の水も暗く、秋は紅葉の錦みごとなり。秋やや老いて凩鳴りそむれば物さびしさ限りなく、冬に入りては木の葉落ち尽くして庭の面のみ見すかさるる、中にも松杉の類のみは緑に誇る。詩人は朝・・・ 国木田独歩 「星」
・・・すなわち木はおもに楢の類いで冬はことごとく落葉し、春は滴るばかりの新緑萌え出ずるその変化が秩父嶺以東十数里の野いっせいに行なわれて、春夏秋冬を通じ霞に雨に月に風に霧に時雨に雪に、緑蔭に紅葉に、さまざまの光景を呈するその妙はちょっと西国地方ま・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・聞かず 綿蛮の和するを何若延二日時一 何若か日時を延ばせば暫遅春花謝 暫く遅く春花謝せん花謝人絶レ踪 花謝し人踪を絶ちて羸驂始可レ跨 羸驂始めて跨る可し高樹緑陰敷 高き樹は緑の陰を敷き・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・盛夏の一夕われハドソン河上の緑蔭を歩みし時驟雨を渡頭の船に避けしことあり。 漢土には白雨を詠じたる詩にして人口に膾炙するもの東坡が望湖楼酔書を始め唐韓かんあくが夏夜雨、清呉錫麒が澄懐園消夏襍詩なぞその類尠からず。彼我風土の光景互に相似た・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・試みに男子の胸裡にその次第の図面を画き、我が妻女がまさしく我に傚い、我が花柳に耽ると同時に彼らは緑陰に戯れ、昨夜自分は深更家に帰りて面目なかりしが、今夜は妻女何処に行きしや、その場所さえ分明ならずなどの奇談もあるべしと想像したらば、さすがに・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫