・・・また、三間のなげしには契月と署名した「月前時鳥」の横額がかかげられている。これは恐ろしい雲の形と色とである。一緒に眺めていた栄さんが、広業って寺崎広業でしょう、ここの人かしら、お寺も広業寺っていうんでしょう、というには、よわった。私はそうい・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・ 明治の大啓蒙家であった福沢諭吉が、自分の著書にいつも東京平民福沢諭吉と署名したことを知らないものはない。これは彼の気骨を物語っている。その反面に、明治が、その現実において、どんなにまで封建的であり、身分の観念と結びついた官僚主義が横行・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・これらの文学者は、それぞれ日本と世界平和とすべての民族の独立のためのアッピールに署名しているし、ふさわしいと考えられる団体に加わってもいる。けれども、文学者として、創作されつつある文学的成果が、同じひとの社会的行為としての平和運動への参加な・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・共青指導部の署名で出された、赤色メーデーを敢行せよ! というビラである。「そういうものが、こっちの方へ却って早く入るんだから妙でしょう」 狡い、ひひという笑いかたで太い首をすくませた。「マァ、この懸け声がどの位実現されるか見もの・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・精神のよりどころを与えるというならば、作者自身が、従順な奴隷八千五百万とよばれている人口のうちにこめられていることを自覚して、ファシズムと戦争挑発に反対署名し、全面講和要求に署名したとしても、ジャーナリズムを通して強力にすすめられているエロ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ ジイドのこの文章の翻訳のどこにも訳者の署名が無いのも面白く感じられる。それを訳したことを誇らかに思うような一つの偉大な、善意と努力に満ちた文章であったとしたら、訳者たる者はどこの隅にか自分の人間的寄与の跡をとどめたいと希わなかっただろ・・・ 宮本百合子 「こわれた鏡」
・・・政府案第十二条は、この五人の委員が「任命後最高裁判所長の面前に於て正規の宣誓書に署名してからでなければその職務を行ってはならない」としている。正規の宣誓書の内容は一般に知らされていない。五人の委員はなにを誓わせられるのだろう。これまで日本の・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
・・・文芸欄に、縦令個人の署名はしてあっても、何のことわりがきもなしに載せてある説は、政治上の社説と同じようなもので、社の芸術観が出ているものと見て好かろう。そこで木村の書くものにも情調がない、木村の選択に与っている雑誌の作品にも情調がないと云う・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・続いて二十二日には同じく執政三人の署名した沙汰書を持たせて、曽我又左衛門という侍を上使につかわす。大名に対する将軍家の取扱いとしては、鄭重をきわめたものであった。島原征伐がこの年から三年前寛永十五年の春平定してからのち、江戸の邸に添地を賜わ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・同じ書は『心学五倫書』という題名のもとに無署名で刊行されていた。初めは熊沢蕃山が書いたと噂されていたが、蕃山自身はそれを否定し、古くからあったと言っている。惺窩の著と言われ始めたのは、その後である。しかるに他方には『本佐録』あるいは『天下国・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫