・・・もっとも僕の友人は美男ですが、達雄は美男じゃありません。顔は一見ゴリラに似た、東北生れの野蛮人なのです。しかし目だけは天才らしい閃きを持っているのですよ。彼の目は一塊の炭火のように不断の熱を孕んでいる。――そう云う目をしているのですよ。・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・「へええ、して見ると鼻の赭い方が、犬では美人の相なのかも知れない。」「美男ですよ、あの犬は。これは黒いから、醜男ですわね。」「男かい、二匹とも。ここの家へ来る男は、おればかりかと思ったが、――こりゃちと怪しからんな。」 牧野・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・り少し前、雨の中をルパンへ急ぐ途中で、織田君、おめえ寂しいだろう、批評家にあんなにやっつけられ通しじゃかなわないだろうと、太宰治が言った時、いや太宰さん、お言葉はありがたいが、心配しないで下さい、僕は美男子だからやっつけられるんです、僕がこ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・俳優のうちに久米五郎とて稀なる美男まじれりちょう噂島の娘らが間に高しとききぬ、いかにと若者姉妹に向かっていえば二人は顔赤らめ、老婦は大声に笑いぬ。源叔父は櫓こぎつつ眼を遠き方にのみ注ぎて、ここにも浮世の笑声高きを空耳に聞き、一言も雑えず。・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・という事を人にして現わしたようなものであったり、あるいは強くて情深くて侠気があって、美男で智恵があって、学問があって、先見の明があって、そして神明の加護があって、危険の時にはきっと助かるというようなものであったり、美女で智慮が深くて、武芸が・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・いつも、にこにこしている。美男子ではないが血色もよく、謂わば陽性の顔である。津島さんと話をしておれば苦労を忘れると、配給係りの老嬢が言った事があるそうだ。二十四歳で結婚し、長女は六歳、その次のは男の子で三歳。家族は、この二人の子供と妻と、そ・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ ひとりの美男の大学生をえらんで声をかけてやった。うすみどり色の外套にくるまった、その大学生は立ちどまり、ノオトから眼をはなさず、くわえていた金口の煙草をわれに与えた。与えてそのままのろのろと歩み去った。大学にもわれに匹敵する男がある。・・・ 太宰治 「逆行」
・・・それから、これもきまったように、美男子である。そうして、きっと、おしゃれである。扇子を袴のうしろに差して来る人もある。まさか、戸石君は、扇子を袴のうしろに差して来たりなんかはしなかったけれども、陽気な美男子だった事は、やはり例に漏れなかった・・・ 太宰治 「散華」
・・・背の高い、堂々たる美男である。いつも、にこにこ笑っている。いい洋画を、たくさん持っている。ドガの競馬の画が、その中でも一ばん自慢のものらしい。けれども、自分の趣味の高さを誇るような素振りは、ちっとも見せない。美術に関する話も、あまりしない。・・・ 太宰治 「水仙」
・・・あなたは美男子よ。いいお顔だわ。きのうおいでになったとき、私、すぐ。」「よせ、よせ。僕におだては、きかないよ。」「あら、ほんと。ほんとうよ。」「君は酔っぱらってるね。」「ええ、酔っぱらってるの。そして、もっと、酔っぱらうの。・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
出典:青空文庫