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・・・さびのある美音だ。どこから来る人なんだ」と、西宮がお梅に問ねた時、廊下を急ぎ足に――吉里の室の前はわけて走るようにして通ッた男がある。 お梅はちょいと西宮の袖を引き、「善さんでしたよ」と、かの男を見送りながら細語いた。「え、善さん」・・・
広津柳浪
「今戸心中」
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・・・ うすっくらい悪い事の胞子がいっぱいとび散って居る様なまがりっかどの、かどに居る露店のおばあさんのところに先有楽座の美音会の時にあった様なとんだりはねたりや、紙人形やなんか私のすきらしいものばっかり並んで居るのを母は目ざとく見つけて呉れ・・・
宮本百合子
「芽生」