・・・知識であったから、自分の眼には比較的老けて見えたのだろう。 いっしょに連れて行った二人を老師に引き合せて、巡錫の打ち合せなどを済ました後、しばらく雑談をしているうちに、老師から縁切寺の由来やら、時頼夫人の開基の事やら、どうしてそんな尼寺・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・年も二歳ばかり急に老けたように見える。 火鉢の縁に臂をもたせて、両手で頭を押えてうつむいている吉里の前に、新造のお熊が煙管を杖にしてじろじろと見ている。 行燈は前の障子が開けてあり、丁字を結んで油煙が黒く発ッている。蓋を開けた硯箱の・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 体の小柄な、黒い顔のテカテカした年より大変老けて見える父親は、素末な紺がすりに角帯をしめて、関西の小商人らしい抜け目がないながら、どっか横柄な様な態度で、主婦の事を、 お家はん、お家はん。と云って、話して居た。 此・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・ マイクロフォンへ真正面に顔を向け一言一言はっきりしゃべってるのは、小肥りの老けたヴォロシーロフみたいな黒いトルストフカの男だ。 ――この愉快な夜、名誉ある勤労婦人に向って不愉快なことを話すのは不本意であります。しかし、タワーリシチ・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・三十八九の時、信二をもったので息子の年の割に母親は老けて居て鬢はもう随分白く額なんかに「涙じわ」が寄って居る。 まとまった意味のある話の出来ない人でクタクタな首をふらふらさせながら涙組んで、 父親が無いんで何かにつけて彼も可哀そ・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫