・・・十二名――諸君、今一人、土佐で亡くなった多分自殺した幸徳の母君あるを忘れてはならぬ。 かくのごとくして彼らは死んだ。死は彼らの成功である。パラドックスのようであるが、人事の法則、負くるが勝である、死ぬるが生きるのである。彼らはたしかにそ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・さればいかなる場合にも、わたくしは、有島、芥川の二氏の如く決然自殺をするような熱情家ではあるまい。数年来わたくしは宿痾に苦しめられて筆硯を廃することもたびたびである。そして疾病と老耄とはかえって人生の苦を救う方便だと思っている。自殺の勇断な・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・精神錯乱で自殺してしまったよ。『新俳句』に僕があの男を追懐して、思ひ出すは古白と申す春の人という句を作ったこともあったっけ。――その後早稲田の雇われ教師もやめてしまった。むろん僕が大学学生中の話だぜ。その間僕は下宿をしたり、・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・彼は自殺の一二年前から、その作品の風貌を全く変へたが、これがニイチェの影響であつたことは、その「歯車」「西方の人」「河童」等の作品によく現れて居る。且つ彼はそのエッセイにも、ニイチェの標題をそのままイミテートして「文芸的な、あまりに文芸的な・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・兵卒三「みんな死のう、自殺しよう。」曹長「いいや、みんなおれが悪いんだ。おれがこんなことを発案したのだ。」特務曹長「いいや、おれが責任者だ。おれは死ななければならない。」曹長「上官、私共二人はじめの約束の通りに死にましょう。・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・下山事件をみても、一ヵ月の間、検察庁は他殺か自殺か、わざと不明瞭にしたまま、ひっぱってきている。下山夫人が妻として良人の自殺を直感して、身辺の者にそのことを洩らしたという事実さえ今日まで公表させませんでした。夫人はどういう圧力に強要されたの・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・それから老人や女は自殺し、幼いものはてんでに刺し殺した。それから庭に大きい穴を掘って死骸を埋めた。あとに残ったのは究竟の若者ばかりである。弥五兵衛、市太夫、五太夫、七之丞の四人が指図して、障子襖を取り払った広間に家来を集めて、鉦太鼓を鳴らさ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ちょうどこれと同じように墓地へも毎晩緑色に塗った車が来て、自殺したやくざものどもを載せて行く。すぐに地獄へ連れ込むのではない。それはまず浄火と云うもので浄めなくてはならないからである。浄めると云うのは悉しく調べるのである。この取調べの末に、・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・そこで彼は、柱にもたれながら紙屑を足で押し除け、うすぼんやりと自殺の光景を考えるのだ。外では子供達が垣を揺すって動物園の真似をしていた。狭い路を按摩が呼びながら歩いて来る。子供達は按摩の後からぞろぞろついてまた按摩の真似をし始める。彼は横に・・・ 横光利一 「街の底」
・・・ 芥川龍之介が自殺したときに、藤村は一文を書いた。それを書かせる機縁となったのは、芥川の『或阿呆の一生』のなかにある次の一句である。「彼は『新生』の主人公ほど老獪な偽善者に出逢ったことはなかった」。藤村はそれを取り上げて、「私があの『新・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫