・・・ 不思議な、怪しい、縁だなあ。――花あかりに、消えて行った可哀相な人の墓はいかにも、この燈籠寺にあるんだよ。 若気のいたり。……」 辻町は、額をおさえて、提灯に俯向いて、「何と思ったか、東京へ――出発間際、人目を忍んで……と・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・使用人同様の玄関番の書生の身分で主人なり恩師なりの眼を窃んでその名誉に泥を塗るいおうようない忘恩の非行者を当の被害者として啻に寛容するばかりでなく、若気の一端の過失のために終生を埋もらせたくないと訓誡もし、生活の道まで心配して死ぬまで面倒を・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
一 それは私がまだ二十前の時であった。若気の無分別から気まぐれに家を飛びだして、旅から旅へと当もなく放浪したことがある。秋ももう深けて、木葉もメッキリ黄ばんだ十月の末、二日路の山越えをして、そこの国外れの海に臨んだ古い港町に入っ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ やがて春風荘の一室に落ちつくと、父は、俺はあの時お前の若気の至りを咎めて勘当したが、思えば俺の方こそ若気の至りだとあとで後悔した。新聞を見たのでたまりかねて飛んできたが、見れば俺も老けたがお前ももうあまり若いといえんな、そうかもう三十・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・しかもあとお茶をすすり、爪楊子を使うとは、若気の至りか、厚顔しいのか、ともあれ色気も何もあったものではなく、Kはプリプリ怒り出して、それが原因でかなり見るべきところのあったその恋も無残に破れてしまったのである。けれども今もなお私は「月ヶ瀬」・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・の文士らしく若気の至りの放蕩無頼を気取って、再びデンと腰を下し、頬杖ついて聴けば、十銭芸者の話はいかにも夏の夜更けの酒場で頽廃の唇から聴く話であった。 もう十年にもなるだろうか、チェリーという煙草が十銭で買えた頃、テンセンという言葉が流・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ まだ世の中には、けんかずきのけんか犬が沢山ござるのでござりますのう。王 けんか犬は世が滅びるまで絶える事なくあるものじゃ。 何――叛きたいものは勝手に逆くのがよいのじゃ。 若気の至りで家出した遊び者の若者は、じきに涙をこ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫