・・・或る地方の好色男子が常に不品行を働き、内君の苦情に堪えず、依て一策を案じて内君を耶蘇教会に入会せしめ、其目的は専ら女性の嫉妬心を和らげて自身の獣行を逞うせんとの計略なりしに、内君の苦情遂に止まずして失望したりとの奇談あり。天下の男子にして女・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・されば今、店子と家主と、区長と小前と、その間にさまざまの苦情あれども、その苦情は決して真の情実を写し出したるものに非ず。この店子をして他の家主の支配を受けしめ、この区長を転じて隣村の区長たらしめなば、必ずこれに満足せずして旧を慕うことあるべ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ 余輩の所見をもって、旧中津藩の沿革を求め、殊に三十年来、余が目撃と記憶に存する事情の変化を察すれば、その大略、前条のごとくにして、たとい僥倖にもせよ、または明に原因あるにもせよ、今日旧藩士族の間に苦情争論の痕跡を見ざるは事実において明白・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ このほかにも俗字の苦情をいえば、逸見もいつみと読み、鍛冶町も鍛冶町と改めてたんやちょうと読むか。あるいはまた、同じ文字を別に読むことあり。こは、その土地の風ならん。東京に三田あり、摂州に三田あり。兵庫の隣に神戸あれば、伊勢の旧城下に神・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方もなく細い大将へやれって、斯う云ってやりましたがね、はっは。」 すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射し・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ つい先頃までは、鶏小舎であったところが一寸手を入れられて、副業的作業場となり、村から苦情の出るような賃銀をとって、重工業に参加する村の娘の若い姿は、いかにも工業動員の光景である。村の娘たちは、新しい自分の力にも目ざめてゆくであろう。不・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・この分のは紙がわるくなっていると矢張りよそさんから苦情が出ております」と小頸を傾けた。二日ばかりして、また来ていうことには、「どうも弱りました。製紙会社が合同して王子へ独占になったような形なので、競争がなくなったもんですから、一般に紙質をわ・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・若し、何と云っても自分の懐をいためるのがいやだと云うんなら誰の苦情があっても、子供のないうちにさっさと引き取らせて仕舞う。 頭の先から尻尾の先まで厄介になりながら、いい様に掻き廻すものをどうして置くわけがあるんですい。若し、恭二がかれこ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 母親が娘の苦情をきいた半に斯う云った。「ソウ、咲くかと思えばじきにしぼんで散ってしまう花――じきにとしよりになる様なお花なんて名がいいんでしょうか。でも、わたしゃお龍がすきなんだもの。龍があの黒雲にのって口をかっとひらいて火をふく・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・はにかむか、気取るか、苦情を言うかと思うのである。「わたしなりますわ。」きさくに、さっぱりと答えた。「承諾しました」と、久保田がロダンに告げた。 ロダンの顔は喜にかがやいた。そして椅子から起ち上がって、紙とチョオクとを出して、卓・・・ 森鴎外 「花子」
出典:青空文庫