・・・ケイサツでは上田のお母アはちっとも苦手でなかったが、この山崎のお母さんには一目おいていたらしい。山崎のお母さんに比らべると、お前の母は小学校にも行ったことがないし、小さい時から野良に出て働かせられたし、土方部屋のトロッコに乗って働いたことも・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ですけれども、やはり、何だかどうもあの先生は、私にとっても苦手でして、もうこんどこそ、どんなにたのまれてもお酒は飲ませまいと固く決心していても、追われて来た人のように、意外の時刻にひょいとあらわれ、私どもの家へ来てやっとほっとしたような様子・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・誠実にこの鴎外全集を編纂なされて居られるようですが、如何にせんドイツ語ばかりは苦手の御様子で、その点では、失礼ながら私と五十歩百歩の無学者のようであります。なんにも解説して居りません。これがまた小島氏の謙遜の御態度であることは明らかで、へん・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私には社交の辞令が苦手である。いまこの青年が私から煙草の火を借りて、いまに私に私の吸いかけ煙草をかえすだろう、その時、この産業戦士は、私に対して有難うと言うだろう。私だって、人から火を借りた時には、何のこだわりもなく、有難うという。それは当・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・ けれども、戸石君にとっては、三田君は少々苦手であったらしい。三田君は、戸石君と二人きりになると、訥々たる口調で、戸石君の精神の弛緩を指摘し、も少し真剣にやろうじゃないか、と攻めるのだそうで、剣道三段の戸石君も大いに閉口して、私にその事・・・ 太宰治 「散華」
・・・ 妻には、焼夷弾よりも爆弾のほうが、苦手らしかった。 畑の他の場所へ移って、一休みしていると、またも頭の真上から火の雨。へんな言い方だが、生きている人間には何か神性の一かけらでもあるのか、私たちばかりではなく、その畑に逃げて来ている・・・ 太宰治 「薄明」
・・・これは勝治にとって、最も苦手の友人だった。けれども、どうしても離れる事が出来なかった。そのような交友関係は人生にままある。けれども杉浦と勝治の交友ほど滑稽で、無意味なものも珍しいのである。杉浦透馬は、苦学生である。T大学の夜間部にかよってい・・・ 太宰治 「花火」
・・・私にとって、唯一無二の苦手であった。ポオズ はじめから、空虚なくせに、にやにや笑う。「空虚のふり。」絵はがき この点では、私と山岸外史とは異るところがある。私、深山のお花畑、初雪の富士の霊峰。白砂に這い、ひろ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・これだから、僕は、文学青年ってものは苦手なんだ。とにかくお世辞を言おう。「題が面白いですものねえ。」「ええ、時代の好みに合ったというわけなんです。」 ぶん殴るぜ、こんちきしょう。いい加減にし給え。神をおそれよ。絶交だ。「きょ・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・ 色々な種類の放送のうちで自分にいちばん苦手なのは演説講演の類である。耳が悪いせいか、「かん」が悪いせいか、本物の演説を聞くのでも骨の折れるくらいであるから、完全でない機械で変形された音波の混乱の中から、変形されない元の波を読取ることは・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
出典:青空文庫