・・・崖の茂みにはいって行く。これが羽山を越えて台に出るのかもわからない。帰りに登るとしようかな。いいや。だめだ。曖昧だしそれにみんなも越えれまい。「先生、この石何す。」一かけひろって持っている。〔ふん。何だと思います。〕「何だべな。」〔凝灰・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・荷物をおろし、おまえは汗を拭 園丁がこてをさげて青い上着の袖で額の汗を拭きながら向うの黒い独乙唐檜の茂みの中から出て来ます。「何のご用ですか。」「私は洋傘直しですが何かご用はありませんか。若しまた何か鋏でも研ぐのがありましたらそ・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
或る心持のよい夕方、日比谷公園の樹の繁みの間で、若葉楓の梢を眺めていたら、どこからともなくラジオの声が流れて来た。職業紹介であった。 ずっと歩いて行って見たら、空地に向った高いところに、満州国からの貴賓を迎えるため赤や・・・ 宮本百合子 「或る心持よい夕方」
・・・ 食堂の出まどに腰をかけて、楓の茂みの中から響いて来る音に注意すると、Haydn のものらしい軽い踊る様な調子がよく分る。 弾手は男かしら女かしら。 女の人にしては少し疎雑な手ぶりがあるが、いつの間にとりよせたか、来たかしたんだ・・・ 宮本百合子 「一日」
・・・石の屋根の下にいら草の繁みをわけて三十本あまり銃剣が地上に突出されたままになっている。ここで隊列を敷いていたフランス兵たちが生きながら瞬間に爆弾の土砂に埋められた。 更に一ヤードほど登った前方の草の間に、金の輪でも落ちているように光を放・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・ 浜へ下りる篠笹の茂みのところに父の姿が見えた。「こっちにいらっしゃーい!」 佐和子は大きく手を振っておいでおいでをした。風が袂をふき飛ばした。晴子も手を振った。が、父は動かず、却ってこっちに来い、来い、と合図している。佐和子と・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・これはまた、何と低い新緑の茂み! 背の低い樹々が枝から枝へ連って山々、谿々を埋めている。寒い土地の初夏という紛れない感じで感歎した。 青島は、なかなか有名だ。大抵の人が知っていた、是非行って見ろと云う。去年両親が旅行した時もわざわざ宮崎・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・ そのうち月は益々冴え、庭のオレゴン杉の柔かな茂みの蔭に、白い山羊が現れた。燦く白い一匹の山羊だ。 山羊は段々大きい山羊になった。見ると、白い山羊と向い合って、黒い耳長驢馬が一匹立って居る。白山羊と黒驢馬とは月の光に生れて偶然オレゴ・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
・・・そのとき鷹は水底深く沈んでしまって、歯朶の茂みの中に鏡のように光っている水面は、もうもとの通りに平らになっていた。二人の男は鷹匠衆であった。井の底にくぐり入って死んだのは、忠利が愛していた有明、明石という二羽の鷹であった。そのことがわかった・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・南国の空は紺青いろに晴れていて、蜜柑の茂みを洩れる日が、きらきらした斑紋を、花壇の周囲の砂の上に印している。厩には馬の手入をする金櫛の音がしている。折々馬が足を踏み更えるので、蹄鉄が厩の敷板に触れてことことという。そうすると別当が「こら」と・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫