・・・ 八月の赫灼たる太陽の下で、松の木は、この曠野の王者のごとく、ひとりそびえていました。 ある日のこと、一人の旅人が、野中の細道を歩いてきました。その日は、ことのほか暑い日でした。旅人は野に立っている松の木を見ますと、思わず立ち止・・・ 小川未明 「曠野」
・・・しかしてその国は荒野と変わりつ。 路傍の梅 少女あり、友が宅にて梅の実をたべしにあまりにうまかりしかば、そのたねを持ち帰り、わが家の垣根に埋めおきたり。少女は旅人が立ち寄る小さき茶屋の娘なりき、年経てその家倒れ、・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・彼の不屈の精神はこの磽こうかくの荒野にあっても、なお法華経の行者、祖国の護持者としての使命とほこりとを失わなかった。 佐渡の配所にあること二年半にして、文永十一年三月日蓮は許されて鎌倉に帰った。しかるに翌四月八日に平ノ左衛門尉に対面した・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・そして今は、偽札が西伯利亜の曠野を際涯もなく流れ拡まって行っていた。………… 黒島伝治 「穴」
・・・ 彼等の周囲にあるものは、はてしない雪の曠野と、四角ばった煉瓦の兵営と、撃ち合いばかりだ。 誰のために彼等はこういうところで雪に埋れていなければならないだろう。それは自分のためでもなければ親のためでもないのだ。懐手をして、彼等を酷使・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 黒龍江軍の前哨部隊は、だゝッぴろい曠野と丘陵の向うからこちらの様子を伺っていた。こちらも、攻撃の時期と口実をねらって相手を睨みつゞけた。 十一月十八日、その彼等の部隊は、東支鉄道を踏み越してチチハル城に入城した。昂鉄道は完全に××・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ひどい訥弁で懸命に説いて廻ってかえって皆に迷惑がられ、それでも、叱ったり、なだめたり、怒鳴ったりして、やっとの事で皆を引き連れ、エジプト脱出に成功したが、それから四十年間荒野にさまよい、脱出してモーゼについて来た百万の同胞は、モーゼに感謝す・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・「汝はこの曠野に我等を導きいだして、この全会を飢に死なしめんとするなり。」と思いきり口汚い無智な不平ばかりを並べられて、モーゼの心の中は、どんなであったでしょう。荒野に於ける四十年の物語は、このような奴隷の不平の声で充満しています。モーゼは・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・さては、百万の大軍がいま戦争さいちゅうの曠野。戦船百八十隻がたがいに砲火をまじえている海峡。シロオテは、日の没するまで語りつづけたのである。 日が暮れて、訊問もおわってから、白石はシロオテをその獄舎に訪れた。ひろい獄舎を厚い板で三つ・・・ 太宰治 「地球図」
・・・師や友に導かれて誤って曠野の道に迷っても怨はないはずではあるまいか。 寺田寅彦 「案内者」
出典:青空文庫