・・・今朝こそわれは早く起き、まったく一年ぶりで学生服に腕をとおし、菊花の御紋章かがやく高い大きい鉄の門をくぐった。おそるおそるくぐったのである。すぐに銀杏の並木がある。右側に十本、左側にも十本、いずれも巨木である。葉の繁るころ、この路はうすぐら・・・ 太宰治 「逆行」
・・・また半ば満たした金だらいの中央にコップの水を注入する時に水面に菊花状の隆起を生じる事がある。これもまた渦動の一問題であるらしい。また半球形の湯飲み茶わんに突然水を放射すると水は器壁に沿うて走り上り、縁から外に傘状に広がる、そうしていつまでた・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・ 乱菊 近所の住っている友達のところへ行った帰り、つれ立って市場へ買ものにまわろうとして来たら、角のトタン塀の高いところに板がうちつけてあって、そこに菊花鉢ありと書いてある。附近一帯の大地主である××では、石塀・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・三台。菊花の中に円いギラギラ光る銀色の玉が二つある能の猩々。子供の図あとから普通の電車に赤白の幕をはったのがついてゆく。新議事堂落成祝のため。〔欄外に〕○皇太子の生れてよろこびの花電車春日町のところで会った。こち・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・日比谷公園では例年のとおり菊花大会をやっています。用事で公園をいそぎ足にぬけていたら、いかにも菊作りしそうな小商人風の小父さんが、ピンと折れ目のついた羽織に爪皮のかかった下駄ばきで、菊花大会会場と立札の立っている方の小道へ歩いて行きました。・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
出典:青空文庫