・・・帰りに菓子四十銭、ピジョン一箱で、完全に文無しになりました。今シェストフ『自明の超克』『虚無の創造』を読んでいます。彼は云います、『一般に伝記というものは何でも語っているが、只我々にとって重要なことは除外しているものだ。』ぼくは前の饒舌を読・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・でもお客様に出してある菓子を略奪に出て来る男の子がどの俳優よりもいちばん自然で成効しているように思われた。このことは映画俳優の演芸が舞台俳優のそれと全くちがった基礎の上に立つべきものだということをわれわれに教えるものではないかと思われる。ロ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ やがて女中が高盃に菓子を盛って運んできた。私たちは長閑な海を眺めながら、絵葉書などを書いた。 するうち料理が運ばれた。「へえ、こんなところで天麩羅を食うんだね」私はこてこて持ちだされた食物を見ながら言った。「それああんた、・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・どの家にも必ず付いている物干台が、小な菓子折でも並べたように見え、干してある赤い布や並べた鉢物の緑りが、光線の軟な薄曇の昼過ぎなどには、汚れた屋根と壁との間に驚くほど鮮かな色彩を輝かす。物干台から家の中に這入るべき窓の障子が開いている折には・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・しばらくは首と首を合せて何かささやき合えるようであったが、このたびは女の方へは向わず、古伊万里の菓子皿を端まで同行して、ここで右と左へ分れる。三人の眼は期せずして二疋の蟻の上に落つる。髯なき男がやがて云う。「八畳の座敷があって、三人の客・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・ また日本にては、貧家の子が菓子屋に奉公したる初には、甘をなめて自から禁ずるを知らず、ただこれを随意に任してその飽くを待つの外に術なしという。また東京にて花柳に戯れ遊冶にふけり、放蕩無頼の極に達する者は、古来東京に生れたる者に少なくして・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・そして遂には何か買うてくれとねだりはじめて、とうとうねだりおおせてその辺の菓子屋へはいるという事でありたかった。車ははや山へ上りかけた。左には瓦斯の火で「鳥又」という字が出て居る。松源の奥には鼓がぽんぽんと鳴って居る。何となくここを見捨てる・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・バナナのエボレットを飾り菓子の勲章を胸に満せり。バナナン大将「つかれたつかれたすっかりつかれた脚はまるっきり 二本のステッキいったいすこぅし飲み過ぎたのだし馬肉もあんまり食いすぎた。」(叫「何・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ 麦粉菓子を呉れる者があった。「寒さに向って、体気をつけなんしょよ」と或る者は真綿をくれた。元村長をした人の後家のところでは一晩泊って、綿入れの着物と毛糸で編んだ頭巾とを貰った。古びた信玄袋を振って、出かけてゆく姿を、仙二は嫌悪・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・三人に鵜殿家から鮨と生菓子とを贈った。 酉の下刻に西丸目附徒士頭十五番組水野采女の指図で、西丸徒士目附永井亀次郎、久保田英次郎、西丸小人目附平岡唯八郎、井上又八、使之者志母谷金左衛門、伊丹長次郎、黒鍬之者四人が出張した。それに本多家、遠・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫