・・・こういうとただ華麗な画のようですが、布置も雄大を尽していれば、筆墨も渾厚を極めている、――いわば爛然とした色彩の中に、空霊澹蕩の古趣が自ら漲っているような画なのです。 煙客翁はまるで放心したように、いつまでもこの画を見入っていました。が・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・ すべての空想が、その華麗な花と咲くためには、豊饒の現実を温床としなければならぬごとく、現実に発生しない童話は、すでに生気を失ったものです。過去のお伽噺が、その当時の生活、経験に調和して生れたものであるなら、新しい童話は、今日の生活から・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・互に当時の流行を競い合っての風俗は、華麗で、奔放で、絵のように見える。色も、好みも、皆な変った。中には男に孅弱な手を預け、横から私語かせ、軽く笑いながら樹蔭を行くものもあった。妻とすら一緒に歩いたことのない原は、時々立留っては眺め入った。「・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・たまに私の家に訪れて来る友人は、すべて才あり学あり、巧まずして華麗高潔の芸論を展開するのであるが、私は、れいの「天候居士」ゆえ、いたずらに、あの、あの、とばかり申して膝をゆすり、稀には、へえ、などの平伏の返事まで飛び出す始末で、われながら、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・私は、せめて、此のおばあちゃんひとりを、花火のように、はかなく華麗に育ててゆきます。さようなら、おわかれの、いいえ、握手よ。私、自惚れてもいいこと? あなたは、きっと、私のところに帰ってまいります。 お達者にお暮しなさいまし。KR。・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ツ、ほうれんそう、お台所に残って在るもの一切合切、いろとりどりに、美しく配合させて、手際よく並べて出すのであって、手数は要らず、経済だし、ちっとも、おいしくはないけれども、でも食卓は、ずいぶん賑やかに華麗になって、何だか、たいへん贅沢な御馳・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・お葬式があんまり華麗すぎたので、それで、興奮して泣いちゃったのかも知れません。お葬式の翌る日、学校へ出たら、先生がたも、みんな私にお悔みを言って下さって、私はその都度、泣きました。お友達からも、意外のほどに同情され、私はおどおどしてしまいま・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・思いがけぬ大金ころがりこんで、お金お返しできますから、と事務的の口調で言って、場所は、帝国ホテル、と附け加えた。華麗豪壮の、せめて、おわかれの場を創りあげたかった。 その日、快晴、談笑の数刻の後、私はお金をとり出し、昨夜の二十枚よりは、・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・イタ花、コノ花ビラハ煮テモ食エナイ、飛バナイ飛行機、走ラヌ名馬、毛並ミツヤツヤ、丸々フトリ、イツモ狸寝、傍ニハ一冊ノ参考書モナケレバ、辞書ノカゲサエナイヨウダ、コレガ御自慢、ペン一本ダケ、ソレカラ特製華麗ノ原稿用紙、ソロソロ、オ約束ノ三枚、・・・ 太宰治 「走ラヌ名馬」
・・・ああ、この世くらくして、君に約するに、世界を覆う厳粛華麗の百年祭の固き自明の贈物のその他を以てする能わざることを、数十万の若き世代の花うばわれたる男女と共に、深く恥じいる。二十七日。「金魚も、ただ飼い放ち在るだけでは、月余の命、・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
出典:青空文庫