・・・さるやかにが出て来たりまた栗のいがや搗臼のようなものまでも出て来るが、それらは実はみんなやはりそういう仮面をかぶった人間の役者の仮装であって、そうしてそれらの仮装人物相互の間に起こるいろいろな事件や葛藤も実はほんの少しばかりちがった形で日常・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・しかもこの場合劇中人物のあらゆる事件│葛藤は観客自身の利害と感情的にはとにかく事実的になんの交渉もないのであるから、涙の中から顔を出して来るような将来への不安も心配も何もないのである。換言すれば、泣くことの快感を最も純粋なる形において享楽す・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・神々の間に起こったいろいろな事件や葛藤の描写に最もふさわしいものとしてこれらの自然現象の種々相が採用されたものと解釈するほうが穏当であろうと思われるのである。 高志の八俣の大蛇の話も火山からふき出す熔岩流の光景を連想させるものである。「・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・次には前々句よりももっと前の句列いったいへの考慮であって、そこにはたとえば人事の葛藤があまり多く連続しておりはしないか、あまりに多くの客観的風物がもたれ込んでおりはしないかを考えて、そこでさらに第三段の削除を行なわなければならない。まずこれ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ 戦争後に流行した茶番じみた滑稽物は漸くすたって、闇の女の葛藤、脱走した犯罪者の末路、女を中心とする無頼漢の闘争というが如きメロドラマが流行し、いずこの舞台にもピストルの発射されないことはないようになった。 戦争前の茶番がかった芝居・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・そこがいらざる葛藤で、また必要な便宜なのであります。 こう云うと、私は自分の存在を否定するのみならず、かねてあなた方の存在をも否定する訳になって、かように大勢傍聴しておられるにもかかわらず、有れども無きがごとくではなはだ御気の毒の至りで・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・人間世界にありうちの卑しい考は少しもなかったのだから罪はないような者であるが、そこにはいろいろの事情があって、一枚の肖像画から一編の小説になるほどの葛藤が起ったのである。その秘密はまだ話されない。恐らくはいつまでたっても話さるる事はあるまい・・・ 正岡子規 「墓」
私たち日本の女性が今日めいめいの生活にもっている理想と現実とは非常に複雑な形で互に矛盾しからみあっている。しかもその矛盾や葛藤の間から、私たちの二度とくりかえすことのない人生の一日一日が生み出され、歴史は発展しつつある。・・・ 宮本百合子 「あとがき(『幸福について』)」
・・・作者はおぼろげながらこれらの葛藤が社会的な本質をもっている問題であることを感じながら書いている。今から二十四年前この作品がかかれたとき、作者も読者も、「伸子」のあらゆるもがきが、日本の近代社会の隅々までをみたしている根づよい古さと中途半端な・・・ 宮本百合子 「あとがき(『伸子』)」
・・・そのどれもは、伸子の存在にかかわらず、それとしての必然に立って発生し、葛藤し、社会そのものの状態として伸子にかかわって来ている。伸子は伸子なりに渦巻くそれらの現実に対し、あながち一身の好悪や利に立っていうのではない批判をもちはじめている。日・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
出典:青空文庫