・・・はじめは医者も私の患部の苦痛を鎮める為に、朝夕ガアゼの詰めかえの時にそれを使用したのであったが、やがて私は、その薬品に拠らなければ眠れなくなった。私は不眠の苦痛には極度にもろかった。私は毎夜、医者にたのんだ。ここの医者は、私のからだを見放し・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・去年の秋だったかしら、なんでも青井の家に小作争議が起ったりしていろいろのごたごたが青井の一身上に振りかかったらしいけれど、そのときも彼は薬品の自殺を企て三日も昏睡し続けたことさえあったのだ。またついせんだっても、僕がこんなに放蕩をやめないの・・・ 太宰治 「葉」
・・・ その夜、二人は、帝国ホテルの部屋で、薬品をのんだ。二人、きちんとソファに並んで坐ったまま、冷くなっていた。深夜、中年の給仕人が、それを見つけた。察していたのである。落ちついて、その部屋から忍び出て、そっと支配人をゆり起した。すべて、静・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 化学的薬品よりほかに薬はないように思われた時代の次には、昔の草根木皮が再びその新しい科学的の意義と価値とを認められる時代がそろそろめぐって来そうな傾向が見える。いよいよその時代が来るころには、あるいは草木染めの手織り木綿が最もスマート・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・ こんな話をしているうちにも私の連想は妙なほうへ飛んで、欧州大戦当時に従来ドイツから輸入を仰いでいた薬品や染料が来なくなり、学術上の雑誌や書籍が来なくなって困った事を思い出した。そしてドイツ自身も第一にチリ硝石の供給が断えて困るのを、空・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・の紳士で、いつも優長な黒紋付姿を抱車の上に横たえていた。うちの女中などの尊敬の対象であったようである。その若先生が折々自分の我儘な願いに応じて「化学的手品」の薬品を調合してくれたりした。無色の液体を二種混合するとたちまち赤や黄に変り、次に第・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・ 看護婦が手押車に手術器械薬品をのせたのを押して行く。西日が窓越しに看護婦の白衣と車の上のニッケルに直射する。見る目が痛い。手術される人はそれがなお痛いことであろう。 病院で手術した患者の血や、解剖学教室で屍体解剖をした学生の手洗水・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・ そういう考えからすれば、あまり純粋な化学薬品のような知識を少数に授けるよりは、草根木皮や総菜のような調剤と献立を用いることもまた甚だ必要なことと思われて来る。つまりここで謂うレビュー式教育も甚だ結構だということになるのである。 そ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ 六 藁が真綿になる話 藁にある薬品を加えて煮るだけでこれを真綿に変ずる方法を発明したと称して、若干の資本家たちに金を出させた人がある。ところがそれが詐偽だという事になって検挙され、警視庁のお役人たちの前で「実験」を・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・たとえば薬品にて「モルヒネ」は劇剤にして、肝油・鉄剤は尋常の強壮滋潤薬なり。劇痛の患者を救わんとするには「モルヒネ」の皮下注射方もっとも適当にして、医師も常にこの方に依頼して一時の急に応ずといえども、その劇痛のよって来る所の原因を求めたらば・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
出典:青空文庫