・・・の字さんと言う(これは国木田独歩の使った国粋的薬種問屋の若主人は子供心にも大砲よりは大きいと思ったと言うことです。同時にまた顔は稲川にそっくりだと思ったと言うことです。 半之丞は誰に聞いて見ても、極人の好い男だった上に腕も相当にあったと・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・ 間もなく私は瀬戸物屋を暇取って、道修町の薬種問屋に奉公しました。瀬戸物町では白い紐の前掛けだったが、道修町では茶色の紐でした。ところが、それから二年のちにはもう私は、靱の乾物屋で青い紐の前掛をしていました。はや私の放浪癖が頭をもたげて・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ すぐに道修町の薬種問屋へ雇われたが、無気力な奉公づとめに嫌気がさして、当時大阪で羽振りを利かしていた政商五代友厚の弘成館へ、書生に使うてくれと伝手を求めて頼みこんだ。 五代は丹造のきょときょとした、眼付きの野卑な顔を見て、途端に使・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・もとは、仲々の薬種問屋で、お母さんは水野さんが赤ん坊のころになくなられ、またお父さんも水野さんが十二のときにおなくなりになられて、それから、うちがいけなくなって、兄さん二人、姉さん一人、みんなちりぢりに遠い親戚に引きとられ、末子の水野さんは・・・ 太宰治 「燈籠」
出典:青空文庫