・・・「やっぱし、人間のずるい、金の融通のきく奴が、うまいことをしくさるんだ。」僕は、それを見ながら、この感じを深くした。裏でこそ/\やる人間が、なんでもうまいことをしているんだ。馬鹿正直な奴が、いつでも結局、一番の大馬鹿なんだ。 ある晩・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・そしてその高慢税は所得税などと違って、政府へ納められて盗賊役人だかも知れない役人の月給などになるのではなく、直に骨董屋さんへ廻って世間に流通するのであるから、手取早く世間の融通を助けて、いくらか景気をよくしているのである。野暮でない、洒落切・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・します弗函の代表者顔へ紙幣貼った旦那殿はこれを癪気と見て紙に包んで帰り際に残しおかれた涎の結晶ありがたくもないとすぐから取って俊雄の歓迎費俊雄は十分あまえ込んで言うなり次第の倶浮れ四十八の所分も授かり融通の及ぶ限り借りて借りて皆持ち寄りその・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・仲買にたっぷり握らせて、自分も現金を融通する。仲買は公民権を失うような危険を冒さずに済むのである。 丁度この話の出来事のあった時、いつも女に追い掛けられているポルジイが、珍らしく自分の方から女に懸想していた。女色の趣味は生来解している。・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・朝起きて顔を洗う金盥の置き方から、夜寝る時の寝衣の袖の通し方まで、無意識な定型を繰返している吾人の眼は、如何に或る意味で憐れな融通のきかきぬものであるかという事を知るための、一つの面白い、しかも極めて簡単な実験は、頭を倒にして股間から見馴れ・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・しかし高等動物になると、そういう融通がきかなくなって、針一本でも打ち所次第では生命を失うようになる。 先住アイヌが日本の大部に住んでいたころにたとえば大正十二年の関東大震か、今度の九月二十一日のような台風が襲来したと想像してみる。彼らの・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・お絹にきくと、いつもはお客の入らないところだけれど、場代さえ払えば融通してくれるはずだというのであった。「これあいい。こんな所があるなら、二人くらい来たって平気だ。ここを取っておいて、辰ちゃんを呼ぼう。このくらいなら、何もそう案じること・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・その弊所をごく分りやすく一口に御話すれば生きたものを故と四角四面の棺の中へ入れてことさらに融通が利かないようにするからである。もっとも幾何学などで中心から円周に到る距離がことごとく等しいものを円と云うというような定義はあれで差支ない、定義の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・読者の方で融通を利かして、その作物と同じ平面に立つだけの余裕がなくてはならぬ。ほかに一例をあげる。また沙翁を引合に出すが、あの男のかいたものはすごぶる乱暴な所がある。劇の一段がたった五六行で、始まるかと思うとすぐしまわねばならぬと思うのに、・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・今言う通り天下に職業の種類が何百種何千種あるか分らないくらい分布配列されているにかかわらず、どこへでも融通が利くべきはずの秀才が懸命に馳け廻っているにもかかわらず、自分の生命を託すべき職業がなかなか無い。三箇月も四箇月も遊んでいる人があるの・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫