・・・ と云って、血の気のなくなった顔を俺たちに向けたりした。 俺たちはその度に歯ぎしりをした。然し、そうでない時、俺たちは誰よりも一番燥ゃいで、元気で、ふざけたりするのだ。 十日、七日、五日……。だん/\日が減って行った。そうだ、丁・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・顔は百合の花のような血の気のない顔、頭の毛は喪のベールのような黒い髪、しかして罌粟のような赤い毛の帽子をかぶっていました。奥さんは聖ヨハネの祭日にむすめに着せようとして、美しい前掛けを縫っていました。むすめはお母さんの足もとの床の上にすわっ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 痩躯、一本の孟宗竹、蓬髪、ぼうぼうの鬚、血の気なき、白紙に似たる頬、糸よりも細き十指、さらさら、竹の騒ぐが如き音たてて立ち、あわれや、その声、老鴉の如くに嗄れていた。「紳士、ならびに、淑女諸君。私もまた、幸福クラブの誕生を、最もよ・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ 私は、はっと、むねを突かれ、顔の血の気が無くなったのを自分ではっきり意識いたしました。「いつ来たの?」妹は、無心のようでございます。私は、気を取り直して、「ついさっき。あなたが眠っていらっしゃる間に。あなた、笑いながら眠ってい・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・ 娘は棒立ちになり、顔に血の気を失い、下唇を醜くゆがめたと思うと、いきなり泣き出した。 母は広島の空襲で死んだというのである。死ぬる間際のうわごとの中に、笠井さんの名も出たという。 娘はひとり東京へ帰り、母方の親戚の進歩党代議士・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・さあ、まるっきり、血の気も失せてかけ込んで、「旦那あ、象です。押し寄せやした。旦那あ、象です。」と声をかぎりに叫んだもんだ。 ところがオツベルはやっぱりえらい。眼をぱっちりとあいたときは、もう何もかもわかっていた。「おい、象のや・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・ 西の方の野原から連れて来られた三人の雪童子も、みんな顔いろに血の気もなく、きちっと唇を噛んで、お互挨拶さえも交わさずに、もうつづけざませわしく革むちを鳴らし行ったり来たりしました。もうどこが丘だか雪けむりだか空だかさえもわからなかった・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・ 私たちの生きている心持って、あんなに血の気のうすい、うすら寒いようなものなのだろうか。その映画のなかでよかったら、やはりその俳優の名前もひときわ心に刻まれて、別の作品のなかで同じひとが今度はどんな演技をしているか、それがみたい心持がす・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・夫婦生活としてみれば、血の気が多く生れついた美人の祖母にとって、学者で病弱で、しかも努力家であった良人の日常は、欝積するものもあったろう。祖父はお千賀、お前は親に似ない風流心のない女だな、とよく云っていたらしい。祖母の家は茶が家の芸だったの・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・あの批判で万事O・Kであるならば、今日のインテリゲンツィアの苦しみや努力は、もっと血の気のうすい思弁の余り水ですむ筈である。 或る小説に或る時代の反応が明かに提出されているということだけが芸術家を成仏せしめるものでもないし、読者に清・・・ 宮本百合子 「数言の補足」
出典:青空文庫