・・・ 生理学の初歩の書物を読んでみると、皮膚の一部をつねったりひねったりするだけで、腹部の内臓血管ことにその細動脈が収縮し、同時に筋や中枢神経系に属する血管は開張すると書いてある。灸をすえるのでも似かよった影響がありそうである。のみならず、・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・各種の動力を運ぶ電線やパイプやが縦横に交差し、いろいろな交通網がすきまもなく張り渡されているありさまは高等動物の神経や血管と同様である。その神経や血管の一か所に故障が起こればその影響はたちまち全体に波及するであろう。今度の暴風で畿内地方の電・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・実際脳の灰白質を養う血管の中の圧力がどれだけ減るのかあるいは増すのかわからないが、ともかくもそんな気がする。そうしてなんとなく空虚と倦怠を感じると同時に妙な精神の不安が頭をもたげて来る。なんだかしなくてはならない要件を打ち捨ててでもあるよう・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・昨日までは擦れ合う身体から火花が出て、むくむくと血管を無理に越す熱き血が、汗を吹いて総身に煮浸み出はせぬかと感じた。東京はさほどに烈しい所である。この刺激の強い都を去って、突然と太古の京へ飛び下りた余は、あたかも三伏の日に照りつけられた焼石・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・けれども船体の一と揺れの後では、私の足の踝から先に神経は失くなり、多くの血管は断ち切られた。そして、その後では、新鮮な溌溂たる疼痛だけが残された。「オーイ、昨夜はもてたかい?」 ファンネルの烟を追っていた火夫が、烟の先に私を見付けて・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・Bはよく説明してもらいましたが、脳炎などの後、本当に失明してしまうのは、視神経が萎縮してしまうので、眼底をみれば神経の束が眼球に入ってきているところに細い血管が集っていて、それが独特なカーブを書いてそのカーブの深さで視神経が萎縮して低くなっ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・しかし、文学を生もうと欲する思いの根柢には、つねに今まで在るものではないもっと切実な、もっと真実に迫った人間感動をつたえたい衝動があって、その地熱のようなものは、個々の人のあらゆる具体的な血管を通じてじかに歴史の鼓動とともに生きている。・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 段々接触が多くなるにつれ、お孝さんは母のいいところも至らぬところも理解されたらしいし、母もお孝さんの裡に、自分の血管のうちに流れている一種の激しい、しかも正直で術策のない、ロマンティックな要素も多い熱血を感じとったらしく思われる。・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・ここに一人のほんとの個性主義者がいるならば、個性の全開花の可能のためにも、その人はきょうの歴史の中でめいめいの社会的生存の成長の血管を細断されるような、相異点の強調だけにかがまってはいられなくなった。頭のよしわるしを論じるよりも、この世紀の・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・ついでに、見直しておいた方がいいでしょう。血管がそこでいくらか太くなっているから、先の方に全然何もないって筈はないんですがね」 肺尖のところは、二度目にも骨に遮られてよく映らなかった。吉岡は、「石田さんは、自分の体についちゃもう専門・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫