一 夫女子は成長して他人の家へ行き舅姑に仕ふるものなれば、男子よりも親の教緩にすべからず。父母寵愛して恣に育ぬれば、夫の家に行て心ず気随にて夫に疏れ、又は舅の誨へ正ければ堪がたく思ひ舅を恨誹り、中悪敷成て終には追出され恥・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・その跡に跟きて主人の母行き、娘行き、それに引添いて主人に似たる影行 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・それから船頭が、板刀麺が喰いたいか、飩が喰いたいか、などと分らぬことをいうて宋江を嚇す処へ行きかけたが、それはいよいよ写実に遠ざかるから全く考を転じて、使の役目でここを渡ることにしようかと思うた。「急ぎの使ひで月夜に江を渡りけり」という事を・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・ 伝令はいそがしく羊歯の森のなかへはいって行きました。 霧の粒はだんだん小さく小さくなって、いまはもう、うすい乳いろのけむりに変わり、草や木の水を吸いあげる音は、あっちにもこっちにも忙しく聞こえだしました。さすがの歩哨もとうとうねむ・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・そしてそのまんま行きすぎ様とする。第二の精霊 マア、一寸まって下され。今もお主の噂をして居ったのじゃそこにソレ、花が咲いてござるワ、そこに一寸足をのして行っても大した時はつぶれませぬじゃ、そうなされ。第一の精霊 ほんにそうじゃ。・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・そのとき長十郎の心のうちには、非常な難所を通って往き着かなくてはならぬ所へ往き着いたような、力の弛みと心の落着きとが満ちあふれて、そのほかのことは何も意識に上らず、備後畳の上に涙のこぼれるのも知らなかった。 長十郎はまだ弱輩で何一つきわ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ブダペストへ参ってからも、わたくしはあなたと御交際を続けて行きました時も、まだ御主人がどんな方だか知らなかったのですね。 女。ええ。 男。そのころある日の事ですが、あなたはわたくしに写真を一枚お見せになりましたね。それがすばらしい好・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・燈火は下等の蜜蝋で作られた一里一寸の松明の小さいのだからあたりどころか、燈火を中心として半径が二尺ほどへだたッたところには一切闇が行きわたッているが、しかし容貌は水際だッているだけに十分若い人と見える。年ごろはたしかに知れないが眼鼻や口の権・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・そのため、私一個人としては、先ずそこへ行きつくまでは私の作が愚作であろうが傑作であろうが少しも変りはしない。やはり同じ失敗の作で、成功というような見事な不自然なことは到底及びもつかない夢だと思う。もし傑作が出来ればまぐれ当りだ。私が何をして・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・年越の晩には、極まって来ますが、その外の晩にも、冬になるとちょいちょい来て一しょにトッジイを飲んで話して行きます。」「冬になったら、この辺は早く暗くなるだろうね。」「三時半位です。」「早く寝るかね。」「いいえ。随分長く起きて・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫