・・・ 旅の旅その又旅の秋の風 国府津小田原は一生懸命にかけぬけてはや箱根路へかかれば何となく行脚の心の中うれしく秋の短き日は全く暮れながら谷川の音、耳を洗うて煙霧模糊の間に白露光あり。 白露の中にほつかり夜の山 湯元に辿・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・毎日西瓜の切売を食うような楽みは行脚的旅行の一大利得である。 夏時の旅行は余もしばしばやった事があるが、旅行しながら毎日文章を書いて新聞社に送るという事はよほど苦しい事である。一日の炎天を草鞋の埃りにまぶれながら歩いてようよう宿屋に着い・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・この旅行の初めに、やはり父の気持ではエハガキ通信をつづけるつもりであったらしく、留守宅あてに「西欧行脚」という題で、これから送る通信なくさずとって置くように、と書いていますが、アルバムの様子で見ると、父自身やがて書き送らなくなってしまったよ・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・芭蕉というと枯淡と言葉を合わせ、一笠一杖の人生行脚の姿を感傷的に描くのが俗流風雅の好みである。真実の芸術家として、芭蕉が「此一筋につながる」とばかり執拗に、果敢に破綻をもおそれず、即発燃焼を志して一箇の芸術境をきずいて行った姿というものは、・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・それはさきころまで、本堂の背後の僧院におられましたが、行脚に出られたきり、帰られませぬ」「当寺ではどういうことをしておられましたか」「さようでございます。僧どもの食べる米を舂いておられました」「はあ。そして何かほかの僧たちと変っ・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫