・・・めぐる賤が伏屋に馬洗ひをり松戸にて口よりいづるままにふくろふの糊すりおけと呼ぶ声に衣ときはなち妹は夜ふかすこぼれ糸さでにつくりて魚とると二郎太郎三郎川に日くらす行路雨雨ふれば泥踏なづむ大津・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・「暗夜行路」をくりかえしよんだ私たちの年代のものは、千円の本をつくる作家志賀直哉に対し、もし事実であるならば暗然とした心もちがある。闇の紙で出した部数が多ければ多いほど、これだけ無理をしているのだからと、次期の割当を増している出版協会の割当・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・尾の道と云えば「暗夜行路」できき知った町の名である。町を見る間もなく船にのりこみ、多度津につくやいなやバスにつみこまれ、琴平の大鳥居の下へついたときには、かなりの雨になった。 番傘を、下から煽る風にふき上げられまいと母の上にかざして何百・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・には、これまでの詩の華麗流麗な綾に代る人生行路難の暗喩がロマンティックな用語につつまれつつ、はっきり主体をあらわしている。「野路の梅」にも同じ傾きとして、浮薄な世間の毀誉褒貶を憤る心が沁み出ている。これは、『若菜集』によって、俄に盛名をあげ・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・志賀直哉の「暗夜行路」は青年から壮年にわたる日本の一知識人の内的過程を描いたものとして意義をもつものである。 それならば少年少女の心の生活は、日本においてはそんなに幸福で大人の世界との摩擦もなしにすくすくと伸びられていたのだろうか。その・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・ 現代の若い男女のおかれている時代的な境遇というものを洞察して、その脈管にふれて多難な人生行路の上に力づけ、豊富にされた経験と分析とで、若い時代の生活建設に助力しようとする熱意からの恋愛論は、残念ながら少なすぎる。ある主観的な点の強調か・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・この文壇の人々と予とは、あるいは全く接触点を闕いでいる、あるいは些の触接点があるとしても、ただ行路の人が彼往き我来る間に、忽ち相顧みてまた忽ち相忘るるが如きに過ぎない。我は彼に求むる所がなく、彼もまた我に求むる所がない。縦いまた樗牛と予との・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫